2016年10月29日

瀬戸内マリ−ナ事情


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 広島にあるボ−トパ−ク ここに置いています

 9月から広島にヨットを置くことになりました。 マリ−ナ探しで兵庫、岡山、広島の各県にあたることになりました。 個人的な見解と感じたことです。 ご参考のために書いています。

 所有する 31fの要目 ; L 9.45m B 2.86m D 1.83m 登録長 8.9m

 県     係留代(約)        条件
1.兵庫    9万       住民票が必要
2.岡山     7万       9m以下、 すでにマリ−ナに置いていないこと
3.広島    22万       審査に合格すること、 県外でもOK

香川県仁尾マリ−ナでは40.5万(県外)です。 

 ボ−トの放置艇対策で予算がつきボ−トパ−クが整備されたようです。県が管理責任を一切持たない駐船場です。管理人も常駐せず、台風にも自分で対策をするこになります。
 兵庫県は都会に近い割には安いです。岡山が一番安いのですが、30fを越えると難しい、キャンセル待ちが多い。広島は民間のマリ−ナよりは安いし、県外の人も可能なので、利用しやすい。だが、少し高い。
 どこも桟橋ができていてそこに直接係留したり、4点どりで杭より2点とる係留もあります。水道・電気は個別でなく共用です。
 関東なら30fのヨットをマリ−ナに置くことは、個人でサラリ−マンには無理です。それなのに瀬戸内にあるようなボ−トパ−クをあまり耳にしません。あっても高いものなんでしょうか?
瀬戸内だと庶民がヨットを持つことは可能です。うらやましい環境です。それでも現在のところで500隻余りのボ−トがありますが、ヨットは60隻程です。圧倒的に魚釣りのボ−トが多いです。ヨットは高齢者ばかりでこれだと絶滅の恐れありです。 瀬戸内だと無理ではないのですが。

 これからも九州に置くつもりです。 何かわかれば報告いたします。

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 我が桟橋のお友達 アオサギ?



   2016-10-29
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2016年10月02日

広島呉・安浦海の駅 


 下蒲刈島、上蒲刈島、豊島、大崎下島、大崎上島と本土に囲まれた比較的おおきな穏やかな湾があります。名前は不明です。大きな本船の航路もなく小型の内航船がたまに航行するのみです。ヨットにはすごく良いロケ−ションに思われ、ここのどこかにヨットを置き住みたいなと思わせます、お気に入りです。

 そこに、現在は呉市に合併された安浦があり、ここの海の駅にヨットで係留しました。
海の駅はグリーンピアせとうちが管理しており、いまのところ無料です。届け出に行くときにはオフロの支度を持参したほうがよいでしょう。山のうえにあり、また登っていくのは難儀です。

 またここで大河ドラマの清盛を扱ったものの撮影をしました。見てないので、知らなかったですが。 その撮影に使用されたジャンクや和船のセットが残って見られます。



 
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 ジャンク

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 和船



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  海の駅

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  ジャンクの反対側が海の駅 ビジタ−バ−ス

 行政の壁でしょうか、呉から先にあげた大崎下島までは架橋されています。しかし、隣の島の大三島は愛媛県になるので続がっていません。大三島はしまなみ海道で尾道から今治まで架橋されていますので、惜しいかぎりです。行政は愚かなものです。

   2016-10-9


  安浦海の駅は廃止


 2017年12月2日に安浦へ再度訪れました。予約をしなかったので知りませんでしたが、ホテルの倒産で経営者が代わり、今は海の駅は廃止され運営していない。 フロントへ手続に行って驚きました。 入浴サ−ビスはやっています。 着岸の時にすでにモ−タ−ボ−トが係留していました。 オフロを済ませてヨットに戻るとボートは出ていませんでした。桟橋を利用しての入浴はできるのでしょう。

 どうりで桟橋から先への立ち入り禁止の看板が立てられていました。子供の遊園地やキャンプのスペ−が有るのですが、ペンペン草が生えておりさびれた雰囲気でした。

 国民の保険や年金の積立金を流用して広大な土地に建てられた施設でしたが、時代に合わない施設や経営で無駄にしてしまいました。お役人さん責任がありますよ。 山頂の宿泊施設のみ債権者・購入者は利用しています。

 ここの海の駅は無料でありがたかったです。まあ海の駅は採算的にはうまみのある施設ではありません。オ−ナ−がボ−トを所有して海に理解のあるなどのボランテイア精神のある民間か、あるいは海に理解のある地方自治体でしか成り立たないのでしょう。どちらも上手くやっている駅はあります。

 桟橋は電灯の無い暗闇でしたが翌日まで利用させていただきました。冬の季節風西風が強い時には避けるためには利用したい桟橋です。利用を黙認していただけるとありがたい施設です。

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 桟橋より

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元キャンプ地 ジェットコ−スタ-も見える

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 桟橋の横にある 案内板のない彫像 どなたでどこを眺めているのでしょうか?


    2017-12-22










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2016年08月07日

ヨットのための海の駅  随時更新


  ヨットのための海の駅をまとめてみました。  随時更新

  よい海の駅の5条件

 1. 宿泊費が安いこと 2000円 より安いこと、ホテルが5000円もすればよいとこ 
   ろに泊まれるので4000円もとるところは論外です。
 2. お風呂屋や温泉があるところがベスト、シャワ−やコインランドリ−もほしいです。
 3. 給油・給水・電気があればなを良い。
 4. 応急修理も必要な時がありそう
 5. ス−パ−で食料・日用品が買えること、 船用品が買えるならなを良い。
 
 艇長・水深・スペ−スに制限がありますので、事前にチェックしてください。

                      青字は利用したもの


 こちらのほうが表形式なので見やすいでしょう
http://hayame.net/custom11.html

 詳細まとめ
 http://www.hayame.sakura.ne.jp/99_blank034.html

   
1. 瀬戸内   四国  兵庫  九州

広島・五日市 082-943-7760



広島・かんおん 082-234-7710




広島・能美島 0823-45-2335 30fまで


広島・倉橋島 0823-53-2575
スペ−スが小さいけれど、スパがあり。無料
kurahasi umieki.jpg



広島・大崎上島
 ゆたか  0823-67-2377 無い可能性


広島・やすうら 0823-84-6622 無料



広島・竹原 0846-24-6100 要予約 スパ 電気  街並み保存

広島・三原 0848-67-6108 シャワ− 電気

広島・尾道 前にあるホテル 0848-23-2111 40f要相談
onomiti 02.jpg
 潮流があるので離着岸に注意が必要、

広島・福山内海 084-986-3100



岡山・玉野 0863-21-3486 要予約 温泉 コインランドリー


岡山・牛窓 0869-34-5500 要予約


香川・小豆島
 ふるさと村 0879-75-2266



香川 直島 087-892-2299



香川・仁尾 0875-82-3231 台風避難最適
  銭湯、コインランドリ−あり



香川・女木島 観光案内所   1700円
megisima.jpg



愛媛・新居浜 0897-46-5636

愛媛・松山堀江 089-951-2148
 うねりが入りやすいので、フェンダ−が多めに必要




愛媛・今治 0898-22-4120 フェリーが近くを通るので大型フェンダー必須



愛媛・愛南 0895-70-4015 要予約


愛媛・大三島 宮之浦 0897-82-0500 原則3日 スパ 出船着岸 西風注意
oomisima 02.jpg






愛媛・弓削 0897-77-2500 役場  スパ 電気  コインランドリー

兵庫・室津 079-324-0907 要予約


兵庫・木場 079-246-3928



兵庫・淡路市湊 0799-36-4488



兵庫 相生那波白竜城 0791-23-5995







    その他 ヨット泊地

  
   瀬戸内


淡路 富島



淡路 都志 五色町    高田屋嘉兵衛


淡路 沼島



淡路 丸山



兵庫 赤穂坂越フィシャリ−ナ 0798-37-2080


兵庫 赤穂市 千鳥 ボ−トパ−ク 0791-58-2235


兵庫 相生那波ボ−トパ−ク 0791-58-2235  7.5m

岡山 下津井港 瀬戸大橋  混雑? 急潮

岡山下津井 大畠 浅瀬あり

岡山 下津井 児島  備讃ヤンマ−あり

岡山 児島フィシャリ−ナ

岡山 日生


岡山 牛窓 旧港


岡山 仙酔島 鞆の浦


徳島 ケンチョピア 088-664-0087


徳島 小鳴門 撫養


小豆島 土生東


小豆島 吉田



香川 屋島 庵治  温泉

香川 男木島 ポンツーンが新設



香川 直島 宮之浦

ア−ト
香川 塩飽本島 笠島 1000
kasasima 01.png

香川 瀬戸大橋 小坂



香川 瀬戸大橋 与島北
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香川 多度津



香川 粟島
awasima 00.jpg

愛媛 伯方島 有津



愛媛 松山 中島



愛媛 松山 三津浜



愛媛 佐多岬



愛媛 三机



愛媛 齋島  水深に問題?


広島 北木島

広島 津波島   無人島

広島 大崎下島 御手洗 江戸の街並み

広島 白石島 新港

広島 下鎌苅島 三之瀬 北東風不適

広島 上蒲刈島西  無料  西風注意


山口 屋代島 安下庄港



山口 屋代島 久賀



山口 屋代島 小松

山口 柳井   アンカ−を打ち、2-3m岸壁と離して係留



山口 上関



山口 徳山下松競艇場



山口 防府デルタマリ−ン



山口 祝島 北風 不適
 



  ドンさんの泊地・航路情報
  http://www.donsaigou.com/hakutikouro.html

  泊地情報
  http://www.geocities.jp/tiarashore/anchorage.htm

  クル−ズネットジャパン 泊地情報
  http://www.cruz-net.com/Hakuti/index.html

  ウインドバレ− セ-リングスク−ル
  http://www.windvalleysailing.com/po-de-xi-liu-bao-cunpeji/hakuchi-list


    2016-8-24         随時更新
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2016年08月02日

シングルハンド



  
                 yong.jpg 
                  40年以上前の爺


 友人と地中海で乗っていたのは25年ほど前です、その時は2人以上で乗っていました。 今度、ほぼ39年以上前を最後にして、それ以来のシングルハンドでヨットに乗りました。 ここでのお話は、日露戦争の元勲が維新のことを語るようなものです。 注) もちろん爺は元勲ではありません、

 確かに当時はジブファ−リングなし、オ−トパイロットなし、GPSなしのアナログヨットの時代でした。 船検も無いのは良かったことです。

  69近くになってヨットを買い、おまけに左手は90度くらいしか上がらない、軽度の身体障害です。 メインハリヤ−ドとメインセ−ルをシャックルでつなぐには、高さが背伸びしても足りなくて、お風呂の座椅子をマスト前に置いてその作業をしています。


 北木島に練習クル−ズとして、前のオ−ナ−と行ったときには、恥ずかしくも桟橋へ渡るときに見事にコケてしまいました。 前途多難を感じました。

  4月くらいから一人で出るようになりました。 若い時には着けもしなかったライフジャケットを今ではします。 まあ瀬戸内の落水は船の通行が多いので、見つけてもらえるケ−スが多いという打算もありますが。

 シングルハンドに戻って感じることは、年老いたこと、研鑽を怠ってきたこと、乗船していなかったことなどで往時の3−4割の能力しかないなとわかったことでした。6月−7月に岡山と広島に行ったことで、やっと半分くらいになったと思えました。 これは、ひとえに全オ−ナ−のご指導のたまものです。 改造や整備などいろんな面で大変お世話になり感謝しております。


 今度のクル−ズでお会いしたのですが、塩気のあるシルバ−セ−ラ-のかたもおられ、35fと42fと大型艇にのっていました。  彼らを見ていて学んだことですが、離着岸の際には入港前の準備、出港後整理などは、 いったん近くで停止してされてそれをしています。
 ダイレクトに入港し出て行った、今までの経験でしたので、安全な作業をする上で多いに勉強になりました。シングルハンドでは必要です。

  また、上には上の人がいるもので、半身がご不自由のようで、杖をついて37fのヨットでクル−ズをされている方もお目にかかりました。


              2016-8-2


 




   
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2016年07月27日

与島フィシャマンズワ−フ 栄枯盛衰


   瀬戸大橋が架かっている与島にヨットで行きました。

 昭和63年・1988に瀬戸大橋は開通しています。 開通に合わせてフィシャマンズワ−フが建設され人気のスポットとなりました。 咸臨丸を模した観光船も営業され今では廃船となっています。

 6月に訪れましたが、ポンツ−ンが2つあるのみで、商業施設は解体撤去されて雑草がはびこる更地となっています。



   yosima 03.jpg
   盛況時の与島フィシャマンズワ−フ


   yosima 01.jpg
   現在は2つポンツ−ンがあります


   yosima 02.jpg
   更地となった商業施設


  橋が他にも2つ架かったのでますますブ−ムが去りました。一時の盛況も持続させる工夫がないとこのありさまです。 退職後の温泉付き移住施設にしたらどうでしょうか?本船航路が南側にあり大型船が通行しています。 老人にはロケ−ションは悪くないと思いますが。


      2016-7-27

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2016年06月03日

ヨットの大圏航路


    taikenkouro map.jpg


 太平洋をヨットで横断したことはないので、体験的なことは書けませんが、本船では経験していますので参考までに書いてみます。

 ヨットでは、この大圏航路を利用するのは、太平洋と大西洋で東へ向かう航路をとるときでしょう。西航する場合はトレ−ドウインドの利用になるので、そちらが優先されて使うことは少ないです。

 本船でも自然条件に左右されることがあります。 それは、太平洋で冬のベーリング海の荒天を避けるために、アリュ−シャン列島の北を航海するかしないかで、純然たる大圏航路をとらないことがあります。実際の航路は30年前でも気象会社から航路の指示・オーシャンル−トがあって、船長判断ですが、それを航海していました。
 ヨットで冬にこの航路をとることは無謀で航海する人はいないでしょう。それより夏のこの地での霧の影響でしょう。GPSが発達した今では大分に航海が容易になったと思いますが、レ−ダ−がほしいところです。

 計算により航路を求められますが、北太平洋大圏航法図により例えば軽度10度ごとの地点をチャ−トから求めてそこを変針位置として求め利用している海図に移し替えて記入して変針針路を求めて航海していきます。

   計算による例 

 野島崎34.54N,139.55Eからサンフランシスコ港外37.48N,122.40W
 経度差10度で変針点とする。 大圏距離は4468マイル、頂点緯度48.10N,168.43W

                    変針路(四捨五入) 
出発地  34.54N,139.55E       N55E
変針点1  35.41N,141.17E      N58E 
   2  40.34N,151.17E      N65E 
   3  44.03N,161.17E      N72E
   4  46.24N,171.17E      N79E
   5. 47.44N,178.43W      N86E
   6. 48.10N,168.43W      S86E  頂点
   7  47.44N,158.43W      S79E
   8  46.24N,148,43W      S72E
   9  44.03N,138.43W      S65E
   10  40.34N,128.43W     S60E
到着地   37.48N,122.40W  


   kaikenkourozu 77.jpg

  ヨットは風によりジグザグにしか進めないので、変針点はあくまで目標です。 西航するときのように
緯度線に沿って進む航路もありです。 ウインドマップ等により大圏航路を頭に描きながらの航路になります。 ヨットでは。

   2016-6-3

      
  

 
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2016年05月29日

大圏航路と日本開国


 大圏航路と言っても誰もわかる人はいないと思われます。まして外航船員が絶滅した今となってはなおさらです。
 商船も経済上の理由で最短距離を航海してコストを下げることが求められます。 宇宙飛行士が地球が丸かった、と述べるまでもなく、地球は球体です。そこでの2点間の最短距離はスイカを斬ったように結ぶ必要があります。直線ではなく曲線になります。 船はそれに合わせて毎度変針しながら航行するのは難しいので地点地点を直線で結びそこで変針して疑似曲線を航海することになります。


   1848  カリフォルニアで金鉱発見、カリフォルニア購入
   1853  ペリ−浦賀に来航 翌年に日米和親条約締結

 学校で学んだ米国からの開国要求は捕鯨船の寄港・補給と海難救助だったと記憶しています。八幡和郎さんの日本人の知らない日米関係の正体によれば、当時の米国の中国貿易は、米国東海岸から日用品を南米南端のホ−ン岬を経て西海岸に運び、金やラッコの毛皮を積みフィリッピンを経由して中国で茶と陶磁器の交易をしていました。帰りは大圏航路をとり西海岸に至るのが自然条件を考えるとベストの選択でした。その途中に日本があったのが開国を求められるひとつの理由でした。

    peri kouro.jpg
  ペリ−が航海してきた航路


    地球的自然条件とは

  下記のウインドマップをご覧ください。北東の貿易風が吹いており西海岸・メキシコからフィリッピンに向かうのは帆船では追手になり容易だとわかります。

  windmap.png

   https://earth.nullschool.net/jp/#current/wind/surface/level/orthographic=-213.13,-5.
27,642

  また、大圏航路を通って日本を経由して北東に針路をとり北太平洋を航海して西海岸に至ることも同様です。

  taikenkouro map.jpg

    2016-5-29


 
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2016年05月18日

追補  パナマ文書と便宜置籍船


     便宜置籍船とプレジャーボート  

 
 船舶法という明治の時代にできた法律に日本船籍は自国民ないし登録のある会社しか船舶は所有できません。従い他国の船舶を所有して運航するためには、当該国に会社を設立登記してその会社の所有ということで、他国に船をもつことになります。
 本船や漁船は節税のため、船員の経費削減のため、漁労制限を逃れるためその他の国内規制回避に、この便宜置籍の制度を先進国の船主は利用しています。
 ボートやヨットでもこれを利用しているオーナーはいます。今までに小生が輸入代行で80f以上のヨット2隻をお世話しました。その2隻に海外船籍を取得して日本に係留しています。その理由は

1. 輸入の際に国内規制の項目が明確になっておらず、また裁量によることもあり,
  輸入したけれど航行できないというリスク回避のため
2. 輸入通関消費税の支払いがいらない
3. 船検の費用がない、改造や備品の費用が節約できる
4. 免許を持つ必要がない

お世話してから10年くらい経過しましたので、日本で支障なく今日まで運航しています。
最近では更新のときにその国の備品などの検査を必要になってきました。 係留地より関税区を離れて航海するときには移動申請は必要です。
 免許は緩和されて24m以下までのれるようになりましたが、船検は不明瞭な総トン数20トンを超えると国の機関の検査になり、改造も含めて400-500万円は費用がかかると云われています。他に法定備品代もあり高額な出費を要します。外国では免許もいらず簡単な登録だけで済むのですから、便宜置籍を利用するオーナーはいますね。

                 2013-12-6



      追補  

           パナマ文書と便宜置籍船
   

  かってパナマシテイズンとひやかされた記憶があります。 パマ船籍の船に乗組員として乗船していたからです。 パナマ政府発行の海技免状を持っていました。


          oahu.png
           乗船していたコンテナ船


 盛んにパナマ文書の内容が報道されるようになりました。 アメリカの傀儡国家のパナマのことですので、多分にこのことは、米国の情報戦略のうえでのことと留意しておく必要があるでしょう。 その意図は大分時間が立たないと判明しません。

 もうすでに国の高官が辞任した件があります。 この文書により何が起きるのかはまだわかりません。 今までの報道でもソフトバンク、ユニクロ、、楽天など今をときめく企業が報道されている。 

 プレジャ−ボ−トを外国船籍で日本国内で乗るケ−スをここでも述べています。 今のところ不都合な事実を聞いておりませんが、今後は少し動きがあるかもしれません? いずれにしろ便宜置籍の制度は日本の外航商船会社が税金を含めて所有コストを下げて競争力を高めるために40年も前から始めています。今では大手船会社でもそれなしではやっていけません。 パナマ船籍の実質日本経営の船は数え切れないほどあるはずですが、今回の報道では名前が挙がってきていません。 

 プレジャ−ボ−トの船籍では、単にそれの登録をするために会社を設立します。他の行動はしていないと思います。でもその会社で他の展開をできないわけではありませんから、オーナーの自覚次第でしょう。 こんごの報道に注意をしましょう。


         2016-5-16












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2016年05月05日

セルフマリ−ナ


セルスタンドで自動車に給油するのにやっと慣れたといたところですが、地方のマリ−ナではほとんどセルマリ−ナというところまで省力化・合理化されていました。

 就活・克ヨットでマリ−ナに陸置きすることになりました。費用の安いのは大歓迎です。そのおかげで豊かでもない老人がヨットをもつことができました。だからかもしれませんが、現在利用しているマリ−ナはスタッフがワンマンでほとんど運用しています。
オ−ナ−は陸置きしている自分のヨットを電動の移動リフタ−を使い船台を持ち上げてクレ-ンのある場所まで自分で引きながら移動させます。つり上げつり下しはもちろんスタッフの専任作業ですが。 牽引の免許がいるのではないかとそれまでの移動には慣れが必要です。バックさせて定位置にもっていくのには一苦労しています。

 隣のヨットは昨年の台風で倒れてマストが折れハルにも穴があきました。いまだに修理中です。 人数がすくないので、台風でも自分で準備をしなければならず、気を使はなければなりません。応急的な処置が期待できないからです。

 ここまでに、いきつくところまで合理化がすすんでいるとは予想外でした。慣れればよいことですが、そのようだと知っておくべきでしょう。

 スタッフは人が好い良い人です。



  seifmarina 01.jpg
   ここのクレーンまで運ぶ


    selfmarina 05.jpg
    上げ下ろしは5400円 スタッフが操作します



   seifmarina 02.jpg
    電動移動リフタ-を自分で操作します



  selh marine 07.jpg
  固縛ラッシングは自分でする


    2016-5-5
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2016年03月25日

地方でヨットを持つ



         selfmarina 03.jpg


  40年前に初めてクル−ザ−を手にしてから、一度も京浜地区のマリ−ナにヨットを置いたことはありません。デインギ−は三浦海岸に置いたことはあります。 普通のサラリ−マンでは共同所有にしないかぎり無理です。

 船乗りを辞めたあとから輸入代行を細々とやっていますが、やはりヨットは関西が本場だと思わされます。80f以上の大型ヨットを2隻お世話しましたが、いずれも関西のお客様です。10年ほど前に、そのお客様の案内で泊地を見てみましたが、なんと100fくらいのボ−トのデッキにヘリコプタ−が積んでいます。他にも大型ボ−トが勢ぞろいしていました。関東では最近少し見かけるようにはなりましたが、まだまだです。

  今度、人生の最後を締めるべき小さな中古ヨットを購入しましたが、しばらくは香川県に置くことになりました。半年契約でマリ−ナ代が12−3万です。年金暮らしでも維持可能です。 これが関東なら100万ほどかかるでしょう。 とてもサラリ−マンには手に負えないわけです。 おまけに瀬戸内の島々が近くにあるロケ−ションが最高です。現地へ行く費用もLCCとシルバ−割引を利用すれば新幹線の1/2-1/3でお安く行けます。 バカ高いマリ−ナ費用を払うのはやめて地方へヨットを置くことを考えてはいかがでしょうか?


       2016-3-25
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2016年03月07日

金毘羅さん



  konpira 01.jpg



  内航の船員をしていた若いころ、坂出に入港したときに、船長・機関長が金刀比羅さんにお参りに行ったことを憶えています。公費出張であったので記憶の隅に残ったのでしょう。船内には金毘羅さんのお札が、ブリッジ船橋の神棚に必ずあります。船の守護神です。

 ヨットを持って国内外でクル−ズしたことがありますが、そのお札をキャビンに飾ったことは今までありませんでした。宗教心が薄いのがその原因です。 今回、終活・克ヨットとして香川県でヨットを購入しました。その実艇の見学で近くまでいきましたので、初めて多くの階段を上り金毘羅さんに行ってきました。 また、大枚2千円を支払い海上安全のお守り札を購入しました。 片腕不自由のオ−ルド−セ−ラ−ゆえ老いの駆け込み信心といったところでしょう。ご加護よろしくお願い申し上げます。

   konpira 77.png

     2016-3-7


  終活・克のヨット
  http://hayame2.sakura.ne.jp/details1033.html#終克のヨット
  37年前の日本周航
  http://hayame2.sakura.ne.jp/details1033.html#日本周航
  ヨット KH天測法
  http://hayame2.sakura.ne.jp/details1055.html#天測top






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2016年02月02日

終活・克のヨット    


  

P1280103.JPG
       
           速魚U



 人生終わりのための活動・克動としてヨットを購入しました。 速魚Uの誕生です。
ほぼ2年前に左肩脱臼骨折をして、まだリハビリ中です。左手が90度近くしか上がりません。半ば障害をかかえたようなものです。 はたして一人で70歳近くの爺にヨットが操船できるのかと疑問ですが、それゆえに、もう乗れなくなるのではとの怖れも強く、それだから購入を後押ししたようなものです。


      速魚U  要目

     ヤマハ31 フェスタ
     全長 9.45m
     幅   2.86m
     喫水 1.83m
     重量 2.31トン
     機関 ヤンマ−2GM  18馬力
     総トン数  4.1トン
     製造 1995年

  最初の速魚はロングキールのモーターセーラータイプの23fクルージング艇でした。
hayame00.jpg
    速魚

2隻目のPING906はサンコ−スト52でこれもロングキ−ルのステイ−ルハルの52fケッチです。
                  ping.png
                    PING906

3隻目の速魚Uはロ−カルレ−サ−タイプで細身のセ−リングを楽しめる31fのヨットです。今までとはタイプが違います。大洋を横断しようとか、嵐に耐えるヨット、ウッデイな内装を楽しむヨットとは違います。 セ−リングを楽しみながら午後3時には港に入り、寄港地を楽しむ日本沿海用のヨットのつもりです。

  友人から両足の無い人でもヨットに乗っている人がいると元気つけられひと安心といったところです。 3月末から香川県において楽しみ、そのご九州に向かうつもりです。 ひとまずご報告申し上げます。

    2016-2-4

   終活のヨットブログ

   http://endyachts.sblo.jp/




  日本周航
  http://hayame2.sakura.ne.jp/details1033.html#日本周航
  地中海クルーズ
  http://hayame2.sakura.ne.jp/details1044.html#地中海クルーズ
  ヨット天測  KH法
  http://hayame2.sakura.ne.jp/details1055.html



   


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2016年01月01日

温暖化に伴うフロリダからの廻航

 
 2016年 元旦

 新年あけましておめでとうございます。

  本年もよろしくお願いします。

    ジェントルブリーズ

  トランペットの高らかな音とともに新年を迎えます。
  https://www.youtube.com/watch?v=mjpFi9bn1do&list=RDm5u2F9I8Vxg 2分


 ******************************************************************************     
 昨年のエルニィーニョの影響で今年も冬の暖冬化が続きそうです。 フロリダからの日本への廻航は10月のハリケーンシーズンを待ってから、日本付近の台風シーズンを避ける考えでプランを立ててきました。

 2016年1月1日の下記サイトのウインドマップを見ております。

  http://earth.nullschool.net/jp/#current/wind/surface/level/orthographic=-55.60,15.67,279/loc=-128.582,-12.244

 フロリダ出るときには、キューバ北岸は逆潮流と向かい風でヨットの航行にはむかないでしょう。 良いニュースとしてはアメリカとキューバの国交回復でキューバ寄港が容易になったことでしょう。 従いキューバ南岸を岸に沿って航行・寄港しながら、パナマに向けた風をつかんで航行できます。
 また悪いニュースはメキシコの治安が悪化して、アカプルコの寄港をおすすめできないことです。ウインドマップを眺めてもハワイまでの直行ルートがリ−ズナブルです。そこから日本までは石垣島か沖縄までのコースになります。沖縄からは天気をみての島にたちよりながらの機帆走といったところでしょう。
  春先の台風は石垣あたりを通過することが多いので、この時期を避けることが必要でしょう。

 いずれにしろ温暖化の影響で秋の出発が遅れ、春先の早い到着になりますので、いままでより期間が短くなりより限られた期間になる認識を強いられます。

    2016-1-1
 

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2015年12月24日

海外船籍と新税制


 来年より5000万円を越える国外財産に報告制度ができました。 海外船籍でそれを越える資産をお持ちの方はご注意が必要です。 特にケイマンなどに目をつけられている国に船籍をお持ちのかたはいっそうの注意がひつようです。 海外船籍自体に日本が税金を課すことはもちろんできませんが、マイナンバーともからみ、ハイパーインフレに対する将来の資産課税のための布石としてのものでしょう。

 こちらで専門的なことはわかりませんが、使っておられる税理士さんや会計士さんにおたずねください。
下記は小生がブログに挙げたものです。

                           2015-12-24


   資産課税   

 マイナンバーがそろそろ家庭に届く時期になりました。 1000兆円以上の国の借金を減らす努力がほとんどされていません。
 個人預金が1600兆円と企業の内部留保が500兆円ということで正確ではありませんが、約2000兆円余りの預金があると言われています。下記のように海外での資産の把握をしようとしています。

 財政破綻になったとき、あるいはそれを防ぐには財産税・資産税・預金税で税金をとるしかないでしょう。アベノミクス破たんでハイパーインフレ必須と言われるようにもなっています。何とかハイパーインフレを避けたいもんです。 政府jは着々と密かに進めています。

 報道では税の申告で、国外に5千万円を超す財産がある人には国外財産調書の申告が義務つけられる。提出期限は来年の3月17日です。

 
 国外に預金があるのにその利子が申告されていないケースでは、そのうちに修正申告を余儀なくされるでしょう。


  kokugaizaisan.jpg
   国外転出時課税制度

 平成27年度改正より、、国外転出時課税制度が創設され、平成27年7月1日以後に国外転出(国内に住所及び居所を有しないこととなることをいいます。)をする一定の居住者が1億円以上の対象資産を所有等している場合には、その対象資産の含み益に所得税及び復興特別所得税が課税されることとなりました。

 また、1億円以上の対象資産を所有等している一定の居住者から、国外に居住する親族等(非居住者)へ贈与、相続又は遺贈によりその対象資産の一部又は全部の移転があった場合にも、贈与、相続又は遺贈の対象となった対象資産の含み益に所得税及び復興特別所得税が課税されることとなりました。

      2015-11-11 


   財政破綻の先例
   http://hayame2.sakura.ne.jp/details1.html#財政破たんの先例
   金の小分け
   http://hayame2.sakura.ne.jp/details1.html#金の小分け

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2015年10月22日

低欲望社会のヨット


   teiyokubou-oomae.jpg


   sinrikeizai.jpg

 大前研一さんの低欲望社会(小学館)を読みました。 アベノミスクを続けていくとハイパーインフレになり財政破たんはさけられないと述べられています。 若者は高級車を欲しがって、モテタイという欲望がなくなり、また、最低のローンを借りようとするものも居ない世の中になってしまった。
 個人と企業合わせて2000兆円ものお金が死に金になっているという状態です。このような事態は世界史的にも稀で、20世紀を支配してきた現在の経済学手法を日本に適用しても問題は解決しないということです。 ご興味のあるかたはお読みください。

 そこでの解決策のひとつに、マリンレジャーについて語られています。

 中高年の消費を拡大する有効な手段として、すでにインフラ投資が終わっている漁港を活用して、舟遊びや釣りなどマリンレジャーに連れ出すことだ。世界最多の3000もの漁港がある。多くが税金で建設され漁民が占有している。ヨット・ボートで自由に立ち寄る漁港はごくわずかである。欧米ではすべての港が解放され高齢者が孫や子供と楽しんでいる。そこに食事や観光でお金が落ちることになる。年間2−3万円で最寄りの漁港に船が置けて、全国の漁港に自由に寄港・停泊できるようになれば、余裕のある高齢者が食指をうごかすであろう。アベノミクスより行動的なアクテイブシニアの大人の消費を刺激したほうが、よほど有効である。

 財政破たんに備えるには、金や外貨の現ナマを自宅に持つ必要がありますが、その状況を避けるために、ヨット・ボートを楽しめる環境ができるのが、もっと大事なことです。  ひとりよがり?

    2015-10-22

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2015年08月08日

ヨットの航行区域

 舵誌の記事はかってはレース中心の記事でした。ローカルレースが盛んでそこで修練を積んで中央のレースに雄飛するというのが、地方のヨット乗りの希望・夢でしたが。  今はどうでしょう? 大きなレースも賑わいが薄れてきたように思います。 クルーズ派の老生が何をいうのかと、お叱りを受けるかもしれません。
舵誌もクルーズの記事が増えてきたように思います。

 未だにクルーズが盛んにならないのは、欧米のような4週間のバカンスとは云いませんが、主には2週間の夏休みすら実現できない日本の労働環境にあると思います。 会社を辞めるか定年まで待つしか、クルーズでヨットは楽しめません。 おまけに行政にヨットの航行に足かせして縛った法制になっています。航行区域に沿海と限定沿海の間に5マイル以下限定の沿海の区域が新設されました。 それはひとつの前進ではあります。しかし実際に日本沿岸を航行したことのない人が決めた法則です。場所によりますが、定置網が沿岸5マイル沖近くまで設置されていれば、そこで日本1周はその航行区域のヨットではストップしてしまいます。 ヨットの安全航行の一番のポイントは定置網をいかに避けるかにあります。それが見張りの最大作業です。
 本船のように沿岸10マイル沖に航路を設定して航行すれば、定置網の恐怖から逃れられます。

 また本船に乗っていましたが、沿海の貨物船での航行で能登岬が下関沖の六連島までのワンコース、釧路から銚子沖までのワンコース、石廊崎から潮岬までのワンコース、他にもありますが、当たり前のように20マイルをはるかに超える沖を航行する直線航路を航行していました。最短距離を走って油の節約をするのが内航船船長の役目です。一度もそれを保安庁が問題にしたり取り締まった話を聞いたことはありません。
 ヨットでその航路をとるように勧めるわけではありませんが、限定5マイルを20マイルに沿海の20マイルを40−50マイルに航行区域の制限を拡大するように望みます。
 ここでも書きましたが、海外で保険に入ると沿岸40−50マイルの制限がつきます。これがヨットの性能を考えた妥当な線でしょう。
 VHFの交信距離は20マイルあります。携帯も進歩してきました。VHFの設置はメーカーが認定を受けた機器なら、はがき1枚の届だけですむように規制緩和して小型船に設置を義務としても良いでしょう。この利用が衝突防止の安全のためにも一番必要とされることです。
 20マイルまでの航行がヨットで安易なものになれば、もっとクルージングは普及します。その楽しみが多くの人のものになるように願います。 高齢化でヨットは絶滅危惧種になろうか思うこのごろです。


      2015-8-8

   
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2015年07月26日

最近の輸入経費の一例


  欧州からはユーロ高と船便の都合で中古艇を持ってくるのに苦労します。実際に横浜での通関でも他の業者さんがやっておられるケースは稀なように思います。

 最近、お客様が実際に見に行かれることが出来なくて、見送りになりましたが、輸入経費は判明しましたので、載せてみます。時期や艇のサイズが違うと、大きく変動する場合がありますので、ご参考程度とお考えください。

v674r.jpg


   
  艇価格               EUR 70,000 
  バルセロナ-関東          US$11,000
  マスト倒し             EUR 693
  梱包代               EUR 497
  クレーンサービス          EUR 226
  船台作成              EUR 1、832
  梱包用ベルト            EUR  170
  トラベルリフト           EUR  272
  バレンシア−バルセロナ トラック代  EUR 1、470
  保険・通関費用・通関消費税8%  別途

 このヨットは木製クラシカルヨットのヴィンテージヨットですので、木造の知識のない方には向きません。
 このスタイルには魅かれるものが多いですけれど。

    2015-7-25


輸入代行・ヨット・ボ−トのブログを開設しました。

  http://gbdaikou.sblo.jp/



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2015年06月19日

ウッドンヨット・ヴィンテージヨット



wodenyachtt spain.jpg


  1970年の学生の頃、横浜のヨット造船所で36fの木造ヨットを見たことがあります。グアムへ輸出するヨットでした。ヨットがほしいと思っている学生には垂涎の的でした。幸いにも6年ほどしてヨットを手に入れることができましたが、そのころには急速にFRPが普及して、木造艇ではありませんでした。でも今でもあのヨットはいいヨットであったなあと思っています。
 零細のヨット・ボート輸入代行をやっておりますが、今までにハンスクリスチャン33やパシフィックシークラフト・オリオン27をお世話したお客様より木造のクラシカルヨットを探してほしいとご要望がありました。
 まだ探していますが、船賃が結構かかりそうで、決まってはおりません。
 クラッシクカーの世界がヨットでもございます。ただし、木造造艇の知識のある方、自分でメンテが出来て十分な時間のある方にしかオススメできません。土日にしか乗れなくてメンテはマリーナ任せの方には無理だと思います。たっぷりとお金をかけられる富裕層の方なら別ですが。

  下記はマーケットにある比較的安価なものです。もっと高いものも、もちろんございます。
  ご参考までに。


   1993 ハーショフ  25f  $39,501  在メイン州    
  
  http://www.yachtworld.com/boats/1993/Herreshoff-Buzzards-Bay-15-%26amp%3B-Trailer-2823985/Buzzards-Bay/MA/United-States#.VXorgekw-Uk
  
   トレーラー付で ひょっとすると コンテナーに入りそう?
  
 
  2009 キャットケッチ  28f $45,000  在ニューヨーク
 http://www.yachtworld.com/boats/2009/Cat-Ketch-Sharpie-28-2847756/NY/United-States#.VXos_-kw-Uk
 
 
  トレーラ付  キャットリグに好みがありますけれど
 
  1947  ドラゴン  $78,000  29f  在メイン
 http://www.yachtworld.com/boats/1947/International-Dragon--2849229/Rockport/ME/United-States#.VXotZ-kw-Uk
 
  ドラゴンを再建造したもの 
  
  1995  スキパースタイル  $39,000   在 コネツカット
  http://www.yachtworld.com/boats/1995/Crisler-Custom-Skipjack-Style-CB-Sloop-2731623/CT/United-States#.VXouUekw-Uk
  
   クリッパースタイルが好みなら
  
  1960 Juno  $37,000  在ロス
  http://www.yachtworld.com/boats/1960/Juno-sloop-2668273/Los-Angeles/CA/United-States#.VXou_ekw-Uk
  
  1937 ケッテンブルグ  32f  49,900  在サンデイエゴ
  http://www.yachtworld.com/boats/1937/Kettenburg-Pacific-Class-2680475/San-Diego/CA/United-States#.VXov6ekw-Uk
  
  1982  ハーショフ 36f  $58,000  在 ロス
 http://www.yachtworld.com/boats/1982/Herreshoff-Araminta-Cutter-2794757/Marina-del-Rey/CA/United-States#.VXowUukw-Uk


    2015-6-19



 
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2015年05月17日

減価償却とボート・ヨット


  ボート・ヨットの輸入代行業をやって20年を越えましたが、法人登記で船舶登録をしたことは少ないケースになります。 個人名で通関を終えましても、今のところボート登録では法人登記ができます。

  モーターボートは4年の原価償却率です、ヨットはその他のものになり5年?(不明)になるのでしょうか。いずれにしろ住宅の25年程度の償却率からくらべれば、予想以上に短期間で終えることができます。利益の上がっている個人・法人では税金上のウマミがあるのでしょう。この点については、お使いの会計士・税理士さんにおたずねください。お医者さんで税理士からヨット・ボートを持つようすすめられたお客様がおられますけれど。

 お客様のなかで実際に艇をクルーズやらダイブなどの観光母船として使用されている方がおられましたが、このケースでは問題ないでしょう。法人所有で福祉厚生につかわれている方は税務署の待遇や応対はどうなんでしょうか? 税務署に接待交際費の少なさを見てくれといって認めてもらっているというお客様がおられましたが、こちらでそれ以外のケースを把握しておりません。個別対応で時や場所で違いがあるので、それとも裁量権を多くもったお役人のせいでしょうか?これだからこうなるとは言えません。

 富裕層の責務として大型艇の所有は必須のこと?ですが、海外事業をされているかたには、これから展開される方には特に必須のことでしょう。 人文的・哲学的な教養を秘めての交際も求められますが、マリンの話で盛り上がることはとても簡単なことです、何せお金で済むことですから。そう言ってみたいと思いながらここを終えます。

    2015-5-17


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2015年04月20日

独立戦争の支援船が復元されて米国へ出帆



   harmaiony.jpg

    ハーマイオニー号

 ラファイエットが乗って米国独立戦争に協力したハーマイオニー号が17年の歳月をかけて当時の造船法により復元されて米国に出帆した。
 フランス西部のエクス島からカナリー諸島を経由シテヴァージニア州ヨークタウンをめざす。
 下記のウインドマップをご覧ください。フランス西部のラロッシェルの南方にあるエクス島より出て、スペイン領カナリー諸島までは追い手の良い風が吹いています。カナリーを出て北緯20度まで下がり貿易風に乗って西航すればカリブ諸島のアンテイグアバーブーダないしマルテイニークに容易にたどりつけます。それからキューバ島に沿って北上すればウイリアムバーグ近くのヨークタウンにちょうど風が収束しているのがウインドマップで判明しています。


  rafietfrance.PNG

 記念行事ですので恐らく日時は当時と近いものになっていると思われます。気象の面で納得のいく当時の
プランであったと思われますね。地図を広げて確認してください。

   2015-4-20

  弊社のHPです。

 http://www.gentlebreezeyachts.com/

 
  
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2015年03月29日

映画・太陽がいっぱい

  人生でヨットが欲しいと初めて思ったとき 


plenty sol.png

 中学生の時に兄のオートバイ・スーパーカブの後ろに乗って見に行った映画です。また小学生の時に見た商船学校の帆船実習のテレビを見て、船乗りになろうと思い、まだ漫然と船にあこがれていただけでしたが、このヨットを映画で見て、俺は将来ヨットを持つのだと決めました。


  sol yacht.png 



 その後大きくなって船乗りになりましたし、幸いにもスペインの地中海マジョルカ島にケッチを置いて遊ぶこともできました。この映画は老生の人生に大きく影響しましたね。
 映画自体はラストシーンが衝撃的ですが、その内容自体が影響を与えたわけではありません。まあそれの影響を受けて育ったのでは悪の道に走ることになったのでしょう。笑い。

 船乗りは人生半ばで、外航船員絶滅の経済状況になってしまいました。岡に転身して、ヨット・ボートの輸入代行業をやることになりました。その経験から、現在に、映画のヨット・45-50fサイズを木造ヨットで作るには1-2億ぐらいかかるでしょう。あの映画のできた1960年より10年後には強化プラステイック・FRPでハルを作る時代に突入して現在に至りますので、今では木造のヨットを作る造船所は絶滅危惧種になってしまいました。
 あの時代のヨットの形状はほれぼれするほどスタイルが美しいです。細見の横幅でデイープキールです。船は女性で表現されますが8頭身美人といったところでしょう。現在ではこのスタイルのプロダクションヨットは存在しません。クラシカルな美というものでしょう。欧米ではこのタイプのヨットが好みで、古くてもメンテにお金と労力をかけて維持しているマニアは存在します。中古艇のマーケットで売り出されているものがあります。でもそれを購入する人は多大の時間・費用・知識を要求されるので、間違うと外国からタキギを買った結果になってしまうでしょうね。
 老生の実力以上ですが隣に係留していて眺めるだけでしたら最高でしょう。


    2530293_36.jpg



  
    Plein Soleil           9分
   https://www.youtube.com/watch?annotation_id=annotation_
    563051&feature=iv&src_vid=xxGdzSPPDKM&v=VwhAPyfxarY

   セーリング  2分
   https://www.youtube.com/watch?v=abNg6jfLa_U

    フィナーレ    2分
   https://www.youtube.com/watch?v=a6NFwpGr6y0



    2015-3-29

  弊社のHP  http://www.gentlebreezeyachts.com/


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2015年03月16日

保険は冒険から生まれた!

 
 最近のテレビコマーシャルや3/19付の新聞一ペーシにわたる全面広告に上のキャッチフレーズが使われています。全面広告でありながら他に一切の文章はありません。某保険会社の名前が書かれているのみです。保険会社の積極的なリスクをとる・冒険的・フロンテイアイメージを売りたいのでしょう。

 保険は通商交易上の危険、船舶運航上の危険に対する保険で発達してきたものです。保険は冒険から生まれた!のは間違いのない保険発生の理由です。しかし、ヨットで冒険をするから保険を受けてもらえるかということとは、別の問題だと考えるべきです。 リーマンショックの痛手で保険会社の統合がすすみ、やたらと会社名が無駄に長い保険会社が目につきます。日本の保険会社は冒険をしないのです。もちろんヨットの冒険に手を貸しません。ヨットに冒険に値するようなものが希少になった事実すらご存知ないでしょう。通常のヨット・ボート廻航や船積の保険にも受けてもらうことが少なくなりました。ビジネスの合理性にゆえに、数・量まとまって効率的に利益のでないものに手を染めません。

 そうかと思えば自動車の任意の損害保険には各社が膨大な広告費をかけて競争しています。保険料も安くなってきています。日本のこのマーケットはこんな過当競争をするほど大きくはないはず。ガラパゴスの競争をしているように思われます。

 もっとヨット・ボートにも目をむけてくださいね。
 
     2015-3-16

弊社のHP  http://www.gentlebreezeyachts.com/



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2015年02月25日

アメリカ船積事情 その2

 西海岸での労使が暫定合意した模様です。

 これから回復の方向に向かいますが、たまりにたまったコンテナが掃けて、以前のように正常化するまでは相当時間がかかる見込みです。(2-3ヶ月はかかるだろうとは言われています)

2/20の時点では、Los Angeles沖合いで23隻の沖待ち。複数の船会社が内陸発のアメリカ輸出案件のBooking引き受け停止、すでにBookingが入っていたものも一斉キャンセル。Terminalによってはコンテナの返却を一時禁止、等々、散々な状況です。

 かって誰もが忘れてしまいましたが、日本の海員組合が数か月のストを打ったことがあります。船乗り時代のことでした。それでは何も解決しないので良かったですね。

 弊社HP http://www.gentlebreezeyachts.com/

   2-25


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2015年02月07日

ヨットの狭水道 

 
   kanmon.jpg

 今までにヨットで通航したことのある主な狭水道は下記のようです。ヨットは本船に比べればサイズが小さいので楽ですけれど、潮流にはヨットの速度がないだけに悩まされます。ボートだと20ノットもでれば気にせずに航行できますね。ボートの時にはその効用に驚きました。
 ヨットですと追流・連れ潮の後期で2−3ノットあるときにそれに乗って最狭部に入り、たるみ・潮流の止まる時期を利用して逆流が強くなる時間までに通教を終えるのがポイントです。日本では潮汐表や舵誌に潮汐・潮流表が掲載されています。ウエブにもどこかあるでしょう。

1.宮窪の瀬戸  初航者は通航しないほうがよいと小型船簡易港湾案内にあります。それを始めてクルーザーを所有した処女航海で、宮崎の母港への廻航の際に通りました。潮汐表を読み間違え逆流のときに進入して、前に進みません。近くの漁港に一時錨泊して汐待をして、やっと通航できました。その時一度のみです。それ以来通航なし。
2.三原の瀬戸  来島海峡を避けるときに便利です
3.関門海峡  関門大橋の下を通るときは快感です。本船をさけるため側に寄って通航します。
4.来島海峡   基本的に本船用の来島海峡航路・中水道・西水道は避けること、10ノットの潮流もあるので、その時間には注意が必要です。本船航路の左右に小型船が通るところがあるのでそれを利用する。具体的には小島と今治の間と武志島と大島の間の水路です。500トン以下の内航小型船が通航していますのでそれが目安になります。
5.鳴門海峡  鳴門大橋の中央から四国より側を航行する。ここも潮流が強いので
 その時間は大事です。
6平戸の瀬戸
7.針尾の瀬戸 西海橋  佐世保から大村湾にある狭い水道です。モーターセーラーだったので良かったけど4−5ノットのヨットでは冷や汗をかきます。地元の人に時間を聞いておくと良い。
8.上関海峡  橋にマストが当たるのではないかと思いますが、余裕です。
9.友が島水道  本船航路と沖ノ島と地島の間を抜けたことあり。 
10.明石海峡  本船に気を付けて。
11.ジブラルタル海峡 ここを抜けてジブラルタルのマリーナに入国係留しました。
12.アシナラ海峡  イタリアのサルジニア島とアシナラ島の間の水路、途中で砂に座礁しましたが何とか離礁して、ことなきをえました。確かに水路では潮による砂の堆積場所が予想に反してあるという体験をしました。

   2015-2-7

音戸の瀬戸  http://gby.sblo.jp/article/177483939.html

 来島海峡  http://hayame.sblo.jp/article/177528669.html

 大畠の瀬戸  http://gby.sblo.jp/article/177908037.html

 鼻栗の瀬戸  http://gby.sblo.jp/article/181963856.html

   2つの潮流情報

  潮流推算

  MIRCマリン情報
   http://www.mirc.jha.or.jp/online/w/w-tcp/



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2015年01月31日

天測とクロノメーター



     cronometer.png


 天測する際には時間の管理が大事なものとなります。それは天測計算の際に時間が大事な要素になるからです。1秒以上狂うことは無いようにしたい。
 今ではネジ巻き式のクロノメーターは骨董品になってしまいノスタルジーなものです。六分儀も同様ですね。老生でも船乗り時代にその時計をを扱ったことはありません。先輩からその管理の苦労話を聞いたのみです。 本船で天測をしていた35年以上前では、時間の管理は通信士の仕事で標準時を発する電波を受信して時計の管理をしていました。今でも電波受信の腕時計や目覚まし時計がありますね。
 老生のころには人員整理が進み、天測は一人でやる時代になりました。甲板手がストップウオッチを持ち、航海士がテッツと発してまたは笛でピーーピイと知らせて、その天測時間を記録してもらう良き時代は経験しまいません。自分の腕時計のデジタル表示・グリニッジ24時間表示を瞬時にのぞくことで天測していました。右にセキスタント左手にストップウオッチをもち高度を操作するネジを回しながらそれを押して時間計測するのが普通です。
 ヨットで大西洋を渡ったころ20何年前ではGPSはまで普及しておらず、サテライトナビゲーターの時代でした。それにはグリニッジ標準時の表示があったのでその時間を天測に使用していました。出港まえに自分の時計を現地の時間の秒単位の誤差を記録しておく作業も必要です。今では世界の電波時計を利用できる腕時計があるので楽になりました。でもバックアップでもう1個を用意しておくことは必要でしょう。何事もヨットではバックアップは重要です。
 天測は長い太洋横断中の楽しみとしてご利用ください。

 弊社のHP  http://www.gentlebreezeyachts.com/

ヨット天測のページへ 
 http://hayame2.sakura.ne.jp/details1055.html#%E5%A4%A9%E6%B8%ACtop

   2015-1-31


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2015年01月22日

アメリカ船積情報

 西海岸で混雑!

 アメリカ西海岸の港で2015年1月20日現在で、大変混雑が発生しており、港への貨物搬入制限や追加割増料金、コンテナ船の入港取りやめなど発生しております。ユニオンとの対立が原因で昨年から続いております。あまりなぜか新聞・マスコミの報道がされておりません。

 2年ほど前に横浜でボートの通関業務をしている時に、アメリカに自分で見に行って個人で輸入されたお客さんと会いました。何か吹っかけられたり面倒なことになり、うちのような業者がいることをご存知なかったみたいでした。ブログに情報を載せるように勧められました。ネットが普及した今では買うことは易しくなりましたが、船積みが問題です。確かにお金を払ってちゃんとヨットを受け取るという大事な問題もあります。
 船積みでは今までに数回あのコワイ団体の手数料を上乗せさせられたケースもありました。映画の世界だけではないようです。日本ではありません。また中国での積み替えなどもコワイものがありますが、今回は上海で1週間程度の日数で無事到着しました。
 海上運賃もヨットボートはスペシャルカーゴ扱いになりコンテナ1本いくらのような明瞭なものではありません。数量や日程・ロケーションでさまざまです。おまけに弊社では免れましたが、船会社が倒産して、荷物を受け取るのに倍の運賃がかかったケースもございます。これは数万ドルの追加になり、ご迷惑をおかけすることになります。業者でも毎回違う船会社の利用になりますので、その情報を事前に知って対処するのは難しいものになります。

 ヨット・ボートの輸入は大変なものと心得て 格安をねらうのではなくリーゾナブルなものを、本当に欲しいものを狙うということになりますね。

    2015-1-22

 海外の格安ボート・ヨットのページへ

 http://blog.sakura.ne.jp/cms/article/edit/input?id=103686848

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2015年01月14日

ロングクルーズと電気

 アメリカからお世話した42fのカタマランには7kwの船内発電機と洗濯機が積んでありました。昔のオールドセーラーには夢のようなお話です。モノハルのヨットでは42f位以上にならないと4kwの発電機は積めないのではと思います。サイズのもう少し小さい発電機のメーカーはありますが、故障が多いと聞いています。
 52fのステールケッチで大西洋を横断したことがありますが、それには発電機を積んでいませんでした。ロングで何のために電気が必要かといいますと、オートパイロットの電源として是が非でもほしいのです。舵を離れて見張りだけですと、体力的にも精神的にもこれほどロングの助けになるものはありません。まず消費電力の少ないタイプのオートパシロットを選ぶことが大事です。電力補充には風力発電をミズンマストノトップに設置しました。今ほど太陽光が安くなかったけれど40w程度もキャビントップに起きました。あとは夜間に1時間盛大に機走して電気も灯して料理もしてバッテリーに充電しました。25日・予想横断日数x1時間当たりの燃料消費=必要燃料量を計算してこの分だけ積んでおく必要があります。これで横断途中に舵もとることなく体重が太って楽にカリブ海に到着しました。
 25年以上も前のお話ですので参考程度のものですね。現在ではソーラーパネルも安く高性能になりました。風力発電は今でもつけているヨットはいます。ロングに使用するヨットも大型化しています。船内発電機を積んでいるものも多いでしょう。だいぶ楽になったと思います。
 でもロングにはバックアップが重要です。GPSでハンドコンパス・六分儀はいらないでしょうが、もう1台のGPSは必須でしょう。天測も長い航海の楽しいリクレーションになります。携帯発電機には注意が必要です、船尾で作動させていてその排ガスがキャビンに回って死亡事故も起きています。
 楽しいクルーズを!

  2015-1-13

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2015年01月04日

新年・夢のクルーズ計画


 明けましておめでとうございます。
   本年もよろしくお願いいたします。

 ボートから桟橋に飛び降りて脱臼骨折を昨年しました。あれから9か月も経過しましたが、まだリハビリに通院しています。 それゆえでもないですが、年も重ねてきましたので、クルーズには行けそうもありません。
 新年ですので、恐らくかなわないでしょうが、夢のクルーズプランでも書いてみます。

 1. 欧州運河クルーズ
  ボルドー湾からローヌ運河を下って地中海にでるクルーズがしてみたい。
  適当なボート・ヨットを購入してのんびり行きたいですね。
  http://caneuro.advantis-jp.net/index.php?FrontPage

 2. エーゲ海クルーズ
ヨットでコリント運河を通航してアテナへ、エーゲ海の島々をめぐり、トルコ西岸も立ち寄り最後はイスタンブールというよりコンスタンチノープルに行ってみたい。イタリアの南端に向かうボートピープル騒ぎが絶好調ですので、厳しいチェックがあるかも。
  
 3. ヴェネツイア・アドリア海クルーズ
ヴェネツイアに停泊してホテる代わりに十分に堪能したあと、アドリア海のクロアチア沿岸の多島海を巡ってみたい。

 4. キール運河・スカンジナビアクルーズ
ハンブルグよりデンマーク沿岸・ノルエー・スエーデン・バルト3国を回って、キル運河を抜けてハンブルグへ。夏の時期で濃霧になやまされそうです。レーダー必須の予感。

 5. アメリカ東岸・運河クルーズ
かって南部の綿花をフロリダからボストン・ニューヨークには運んだ海岸沿いに運河があります。治安に不安があるけどおもしろそうです。

 6. タヒチなど南太平洋クルーズ
お決まりタヒチ・トンガのあの綺麗な青い海にあこがれるけど、世界1周のプランのひとつで、チャーターでも借りないと無理かも。

 7. ランカウイ・タイのアジアクルーズ
東南アジアで欧米のヨッテイが乗ってきたヨットを買い。日本医もってくるか、それともロングステイプランであのあたりを満喫するプランになりそう。

 8.ライン・ドナウ運河クルーズ
忘れていまして追加になりますが、ハンブルグからライン川・ドナウ川を下って黒海にでます。下がってイスタンブールからエーゲ海を巡ってアテネまで行ければ最高です。

  具体的に詰めていない項目だけですが、ご参考までに。当人は行けそうもありません。

   2015-1-4・5


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2014年12月28日

クルーズの楽しみ

 いろんな楽しみがあるけれど..

 クルーズやヨットの楽しみを人から諭されたり、規定・定義つけされるのを、最も嫌うのがヨットマンといえましょう。そういう気質でないとアブナイ目に合う可能性大です。

 先週にマレーシア小旅行に行ってきました。ツアーでない自分で組んだ旅行でした。アイランドホッピングやリバークルーズに参加しましたけれど、一番の楽しみは自然ではなく、親切にしてもらった現地の人や知り合いになった通常では知り合うことの不可能と思われる雑多な民族・文化の人々とのふれあいです。

 ヨットのクルージングでの楽しみも同様だと個人的には思っています。大昔の日本周航や地中海で遊んだときもそうでした。若い時は廻ることを目的化して、若さの体力に任せてヨットを動かしたものですが、もっと大事なこともあったような気がしています。

 ヨットの冒険の残されたフロンテイアはほとんど無いようなものです。西航する大西洋横断などはタルに乗っても流れ着くようなものですが、日本では冒険と騒がれる時代もありました。世間の誤解を期待しても続かないでしょう。

 自分なりのクルーズの楽しみを見つけて大いに楽しみましょうよ。

  2014-12-28

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2014年12月24日

東南アジアから欧州のクルーズルート 12月

 ランカウイ・マレーシアやプケット・タイより欧州へ

http://earth.nullschool.net/jp/#current/wind/surface/level/orthographic=-345.67,-22.15,428

1.ランカウイよりクリスマス島西方海上へ
  プケット・ランカウイより西進シテスマトラ島北端を回りスマトラ沿岸に沿って航行。ジャワ島との間に  あるスンダ海峡まで航行それより南下して南緯15度付近にある東風をとらえて南緯15度東経145度付近・  クリスマス島西方沖に達する。
  他にマラッカ海峡を通航してスンダ海峡を抜けるコースもありますが、スマトラ島東岸には海賊の恐れが  あるのでマレー半島に沿ってシンガポールをめざすことになります。

2.クリスマス島からマダガスカル東岸へ
  東風の追い手で南緯15度線上を西航する

3. マダガスカルより喜望峰へ
 南アフリカ東岸に沿って南下して喜望峰をぬける。ただし向かい風で苦労します。南アフリカの寄港は
  治安に問題があるようで、ランカウイで欧州からのヨッテイに聞いたほうがいいでしょう。

4. 喜望峰よりベルデ諸島へ
 西アフリカの疫病地帯があるのでアフリカ沿岸は寄港を考えないほうがいいでしょう。
  追い手で近くまで行けそうです。
5. ベルデ諸島よりカナリー諸島をへてシブラルタルへ
 ここから大西洋横断して西インド諸島にわたる方が欧州に行くより容易かもしれません。
 カナリー諸島では十分な補給と休養ができます。
 そこから5-7日でジブラルタルへ。本船の航路が錯そうしますので、注意が必要です。

 インド洋版のパイロットチャートを確認のこと。喜望峰付近の風向に注意して時期を判断する。
  ソマリアの海賊がなければスエズ運河経由や北東モンスーンを利用するコースも考えられますが
 現況では無理と思われます。

     2014-12-24

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2014年12月20日

ランカウイ・マレ−シアのヨッテイ




 ranyachts02.png



 ランカウイの2泊3日旅行から帰りました。 エキスペデイアでインターネットより申し込み、エアアジアでクアラルンプール往復とホテル2泊で4万円程度です。オプショナルツアーのリバークルーズやアイランドホッピングツアーとで見たものと、マリーナを自分で見てきた垣間見の印象です。 想像以上に豪州や西欧からクルージングをしてきたヨット・ヨッテイが多いという印象です。 タイが対岸に目視できる国境地帯にランカウイ島はあるので、ビザや滞在制限をクリヤーするためにタイとの行き来することで、停泊するヨットでにぎわっているようです。
 諸風を防ぐ波の影響の少ない泊地が多く、マリーナ係留でなくてもヨッテイが好む錨泊が可能です。費用もそれで節約できるようです。
 アンカリングしている割にはヨットに人影がなくどこか埃っぽい印象なので、オーナーはヨットを現地において帰国しているのでないかと思ってしまいました。

 ヨットブローカーより見た見地では、スチールハルの自作艇ではと思われるヨットも多く、当然ながらクルージングタイプのヨットばかりです。またそれゆえにケッチが好まれているようです。売り出し価格の5万ユーロの安いヨットがレストランやバーで個人売買としてチラシを張っていたのを見かけました。このタイプは自作艇ですから、あとで自分でなんでもできる人にしかオススメできませんけれど。 カタマランも結構いました。これからこのタイプになる傾向ですので当然です。

 日本人が東南アジアでヨットを見つけるのなら、自分で廻航してくるか、もしくはここからロングクルーズに出かけるのかになるのでしょう。 売りに出されているヨット自体は、欧米よりクルーズしてきて達成感と疲れから売りにでたものがほとんどでしょうから、そろそろ手直しが必要かもしれず、逆に頑丈すぎてしかも装備も十分なものもあります、どちらかの判断力が必要です。

 ランカウイにはここでヨットを置いて遊んでみたいと思わせる十分な魅力のあるロケーションには間違いありませんね。

   2014-12-20

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2014年12月11日

ヨットの冒険

 レースでなければ熟年の遊び

 ヨットが冒険であるか?とそのオーナーに尋ねて、冒険であると答える人はほとんど皆無に近いと思っています。今まで冒険と言われたさまざまなケースがありますが、真実は時間軸で変化していくものですので、その当時は冒険と思われたものも、今ではあれは海流と貿易風で黙っても流されていくのみと思われるものもありました。世間ではいまだに冒険的なものと思われています。

 寛平さんが成功された地球1周ランニングのヨットはこちらで輸入代行をお世話しました。オーナーは見事に整備されて真冬の出港のヨット冒険航海を達成されました。限られてきましたが、時期と航路により冒険になるものはあります。辛坊さんは同じヨットで出かけられましたが、あの時期はセオリーどうりのものであり、決して冒険にあたるものではありません。時化の時とか夜間のときの浮遊物や動物との衝突は避けられるものではなく、1/100-1000の確率で遭遇します、運が悪かったとしかいいようがありません。

 レースに関してはスポーツで限界を競うものですので、ここでは述べません。レース管理者は安全に配慮をしています。

 キャンピングカーが定年退職したサラリーマンに流行っていると聞いています。島国でも海の子ではない環境ですので、ヨットに向かうことは少ないのでしょう。ヨットはその車よりも、もっとエコであり、自然を満喫できるものであり、安価・中古で、安全な乗り物です。欧米のように熟年の世代にはお勧めいたします。

   2014-12-11

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2014年12月09日

富裕層の航海・クルーズ


  huyuuvayage.jpg
  


 一緒に仕事をしているパートナーの佐野夫妻・残念ながら富裕層ではなし・が今年の夏に超格安の北海道一周クルーズに行ってきました。カリブ海のクルーズの本場に住んでいたので、まさか日本でクルーズ船にのるとは思わなかったみたいです。良くも悪くも見えていたことと、ヨットでカリブを堪能したのでそう思っていたのでしょう。でも好評で帰ってきました。
 かってクラブメッドという地中海クラブが写真にあるような帆船タイプの客船を所有してクルーズをしていました。最近見かけなくなったので再編があったのかもしれません。地中海では純然たる横帆の帆船によるクルーズもあると聞いています。日本もやっとクルーズが定着してきて高安いろんなチョイスができるようになりました。小さな泊地へ行く他とは違ったものが帆船客船でゆっくりとのんびりと楽しめる時代がきました。富裕層の皆さま好みもありますが、相応のお金をお使いください。

 下記はAFPによる富裕層のゆったり航海の記事
  http://www.afpbb.com/articles/-/3032374?blog=sblo


  2014-12-9

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2014年12月06日

ヨットマンの究極の選択 

  人生の大問題

 きゃびん夜話でおなじみの田辺英蔵さんの44fのヨット・ISISを1989年にお世話したのが佐野と仕事を始めた最初です。ドイツ人のご夫妻が定年後に地中海で暮らすべく、造船所に通い清掃の手伝いなどしながら、丹精をこめてオランダで作った、今考えても作りの良い素敵なヨットでした。
 オーナーがそれを手離すことになった理由は、ヨットマンの究極の選択である、私を取るの?それともヨット? この大問題をオーナーは突き付けられたことになります。
 日本のようなサラリーマンの職場環境では、休日はたまにしかない人かまた幸いに週休2日の人でも、それをヨットレースやマリーナ泊に使ってしまえば、奥さんがいずれ怒りだすでしょう。ヨットマンならいずれ問題になりますね。日頃からご夫妻で楽しんでおられる方には問題なしですけれど。

 サラリーマンがヨットオーナーになるには、金銭的にも時間的にも難しい状況です。それでオーナー経営者か熟年になった方がヨットオーナーになる傾向です。かって若い人にはクルー制度で、よいオーナーにめぐりあわせれば、徒弟的ではあるが良いヨットマンに成長していけることもありました。
 時代と伴にそれを嫌うようになって来てあまり耳にしなくなりました。クルーが集まらないとオーナーは嘆いています。欧米でもクルーザーに乗っている層は熟年になりますね。それはスポーツでは無いのですから歳を重ねてもできます。楽しめます。選択を突き付けられないようにしたいものです。

   2014-12-6

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2014年12月03日

ロングクルーズを終えて

 いつまでもクルーズは続かない

まだバブルの後でもその影響が残っている時代がありました。南太平洋にあるヨットをお世話しました。現地でヨットを受取り、ロングに出発です。途中で日本に良い話があるぞと耳にして、1年で日本に廻航して帰られました。でも日本に着いた頃にはそに話は立ち消えでした。その後はまた行きたいと話されますが、まだ行けておりません。 人生の中でそう何度もロングに行けるわけではありません。行くも帰るもタイミングは大事だと思います。

 欧州でヨットに乗っていたので、西欧人のヨッテイには随分とめぐり合いました。社会の状況が違うのでしょう。日本人の悲壮とまで言いませんが、かなりの決意で出かける日本人との違いを、彼らに感じました。
 日本ではバカンスを実現できないまま衰退を始めてしまいました。 それを利用して普段より長めのクルーズを楽しむことはできません。 週末セーリングかロングクルージングの選択になります。またいったん会社を辞めると、それ以上の会社に就けるのは難しい状況です。  今では、ひょっとすると帰ってきて、派遣しかないかなどと心配してしまいます。スキルのお持ちの方はそうでは無いでしょうけれど。
 彼らを見ているとクルーズ中にあかちゃんを生んだり、ほんの小さな子供もつれてクルーズしています。 フランス人はカリブにも南太平洋にも海外県はあり、仕事を探すことも容易で、休み休みのクルーズも出きるのでうらやましい環境です。
 小生は若いころにヨットを持つのに必死で、他のことは考えられませんでした。しがない下級船員でしたので貯めることばかり考えていました。
 しかし自分で立ち上げた事業で成功されて、余裕でヨットをお買いになるお客様もおられます。それも難しいことですが、人生のひとつの選択肢ではあると気が付かされました。

 どこかで区切りをつけて出発しないと、行けないのも事実でしょう。出かけたのなら、存分に楽しんで帰ってくるべきでしょう。途中で悩まないで。楽しんだ後ならその後のことは、その後のことです!
 そこで武道は役立ちますよと、ここで述べたことがあります。小生はからきしそれはできませんが。
   
  ボンボヤージ!  ビエンビアッヘ!

   2014-12-3


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2014年12月01日

 キール運河

 ヨットで行きたい運河

  kiel cannal.png

 ユトランド半島の首根っこのキールとエルベ川のブランスビュッテル結ぶ運河です。ドイツーデンマークースウエーデンをキール運河を経由した1週間のローテーションでユトランド半島を時計まわりに回るコンテナ航路の本船に乗っていたことがあります。キール運河の入り口からエルベ川に入るまではスタンバイ・総員配置になります。パイロット・水先人と操舵員が乗船します。船団を組んでコントロールされて行き違ったりもします。運河の幅は広くはなく要所要所に係留設備があり仮索をとって臨沂係留してやりすごすようなこともありました。

  keel phpto2.jpg

 運河の両岸は牧場風景などのどかな雰囲気です。この平和な風景に反して、この運河の目的はバルチック海にあるキール軍港の軍艦を大西洋に出すために作られました。先の大戦では独の潜水艦Uボートが通航していました。現在ではヨットの通航も多くみられます。夏の霧が心配ですがここをヨットで通航して北欧諸国をクルーズしてみたいものです。

  2014-12-1

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2014年11月28日

衛星電話

 iPhon5で衛星電話できる

 太洋航行中の連絡にはサテライト電話があります。フロリダから廻航されて日本に帰られたお客様には、現地でお世話して器具を取り付けてきました。しかしヨットでも船内発電機を持っているかなり大型ヨットになります。もうひとつ問題が料金がバカ高いことです。少しはなすと1万円という感じで緊急でなければ利用できません。ファクスも使えますが。 そこでアイフォン6が出たので、古くはなりましたがアイフォン5にはめこんでブルートスで接続して衛星電話を利用できるものがあります。実際に利用していないので話題提供のみですけれど。下記でお読みください。

 http://www.softbank.jp/mobile/info/personal/news/product/20130904a/

 アマチャア無線の免許や設備の方法もあり、過去にはオケラネットでお世話になった方も多いと思います。
現在の運用は不明です。ボランテイアで運用されています。ネットの世界になってきていますので利用も難しくなってくるのでしょう。

 ウエザーファクスやアマチュア無線の利用も変化してくるのでしょう。航海中にネットが利用できるとずいぶんと便利になるのですが、ウインドマップも利用できます。

     2014-11-28

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2014年11月26日

西地中海ヨット周航 1ー11 を終わって

  愛艇PIING906の航海


  ping.png



 スペインはペセタを使用していた時代から、現在はEUに加盟し
ユーロになりました。小生はユーロになってからは欧州には行っ
ていないので、スペインもこの時代とは随分と変わった思います。
現在ではバレアレス諸島にあるイビザやフォルメンテーラの専
用サイトもあるのを知りました。日本では大分と認知されてきた
ようです。
 でもスペインは物や食事が安かったから、にぎやかだった面
もありますので、ユーロと同じ物価では観光客も減少したのでは
と懸念しています。今となれば古き良き時代のバレアレス諸島の
お話ですので、なじみのあった方には懐かしく感じられた方もおら
れたと思います。

 これらのシリーズに掲載された文には1行抜けている部分があ
りました。原稿をコピーで保存してあったものをOCRで読み文章
を立ち上げたものです。他にも不備があったと思います。記述者
の佐野に聞いて判明いたしましたものは。今後修正して参ります。

 お読みいただきありがとうございました

 著作権は佐野とOCSニュースに属します。

  追補 
 日本人のスペインに対する常識をスペイン人(バルセロナ在住)
に聞いてただす番組をやっていました

 日本の代表的なスペインイメージ

 1. 闘牛   闘牛場は閉鎖されて興行していない、モールに改造
         されているところあり
 2. フラメンコ   アンダルシア地方の地域文化 
 3. シェスタ   EUに入って以来、競争激化で昼寝している時間はない
 4. パエジャ   お祭りや特別なときにに食べる食物で日常では食べない
 5. 思い出せません スイマセン
 6. サクラダファミリア   行かないで眺めるのだそうです。
            何と言っても一番に行きたいところはイビザ島です  
            ユーロ高で北欧の観光客が激減しているのかと、
            思いきやあのクラブのハチャメチ文化が世界的な
            ブランドに成長していたのです。  

  2014-11-26

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2014年11月24日

大西洋横断ルート

 ウインドマップによる

  http://earth.nullschool.net/jp/#current/wind/surface/level/orthographic=-34.02,24.55,430

 ジブラルタルからカリブ海にあるフランス海外県マルチニーク島までの時期とルートを、実際にヨットでクルーズしたことがありますので、ご参考までに書いています。

 11月24日のウインドマップ 上図

 大体クリスマス前後にジブラルタルに集結するプランが多いようです。でも11月の地中海は時化の時期で
おまけにガス・霧も発生します。11月より12月になって地中海よりジブラルタルに向かったほうが楽かもしれません。

 1.ジブラルタルからカナリー諸島 ラスパルマス

 追い手で5日ほどで到着できます。ジブラルタルを航行する本船とクロスしますので、1-2日は見張りが大事になります。カナリー諸島のどの港でもいいです。ラスパルマスは水の補給ができます。スーパーからヨットに配送サービスもあります。おまけにカジノが近くにあり毎晩出かけて、出港が遅くなる恐れあり。私たちの教訓でした。大西洋横断のクルージングラリーの企画もあるようですので、皆で渡れば怖くないかも....
といっても体重が増える心配が現実で冒険航海ではありません。

  2. カナリーからマルチニーク

 ウインドワード諸島のどこでもいいのですが、ランドフォールしやすい高い山のある島を目標とすべきでしょう。私たちの天測での航法と違いGPSの普及している現在なら島にとりつくのは容易でしょう。
 常に追い手で風力4-5でのセーリングになります。絶えずローリングに悩まされての航海になります。ヨットのサイズによりますが、20-30日くらいで到着できます。浮遊物に注意が必要ですが夜には見張りのしようがありません。確率は低いですが辛坊さんのケースもあり、ライフラフトは必要でしょう。ハンデイタイプのVHFもイザというときには役立ちます。日本と違って安価にあります。

   2014-11-24

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2014年11月22日

日本人と廻航キャプテン




  ws60-01.jpg



 今までに80fクラスの大型ヨットを2隻をお世話しました。現在では船積でもってくることも可能ですが、当時は廻航しかありませんでした。2隻ともフロリダに在り、海外船籍を取得して日本まで無事に廻航を終えて活躍中です。プライベートで持つ日本のヨットでは1・2位の大きなヨットではないかと自負しております。
 そこで問題です。2隻ともに現地で弊社でお世話して廻航キャプテインとクルーを雇い、オーナーも同乗して廻航開始です。狭い船内の中で個性的なオーナーと外人キャプテインとの関係は難しいものでした。どちらもハワイで船長解雇になりました。大型クラスのヨットの普及が日本では皆無ですので、オーナーさんもボートでは大ベテランでもヨットは初めてとか、それまで30fクラスのヨットオーナーのお客様でした。自分のヨットですのでハワイまでには慣れて、それからはヨット初めてのオーナーと女性の2人で替えられたケースもございます。もう1隻は日本人船長を探しました。
 日本のつまらない理不尽な規制がなくなりメガヨットが普及してこないかぎりまた起こる問題です。でも大きな障害にはならないでしょうね。

   2014-11-22

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2014年11月20日

フロリダから日本へクルーズ

 さあ廻航シーズン到来です!

 11月になり台風やハリケーンのシーズンが終わりました。これから3月までのフロリダ出発が日本へのクルーズの時期になります。フロリダはアメリカの最大のマーケットですので中古ヨットも見つけやすくなります。西海岸のほうが便利なように思えますが市場が小さく思ったものは探しにくいのが実情です。

 2014年11月20日のウインドマップを見ながら考えてみます。

 http://earth.nullschool.net/jp/#current/wind/surface/level/orthographic=-170.36,3.36,430
  
 1.フロリダーパナマ運河
 キューバの西端を抜けるか東端を抜けるかの2コースが考えられなます。通常は西コースになります。ケイマンなどにも寄港できます。東コースはキューバへのリーショアに注意が必要です。およそ2週間でパナマに到着します。

 2.パナマ運河通航
 日程的には10日ほどかかるでしょう。運河事務所の手続きやボートをまとめて船団を作って航行します。ヨットどうしのクルーの融通のしあいで先の船団に手助けして通航経験してみるようなこともあると聞いています。もやい取りが必要でシングルハンドでは人手不足です。運河途中にパナマキャナルヨットクラブのマリーナがあり、そこに係留して一時日本帰国した人もいます。サイズにより運賃が決まりますがバカ高いことはないようです。

 3.パナマ−ハワイ
 パナマより中米諸国を岸よりに北上してアカプルコをめざす。今日のウインドマツプによるとグアテマラ北部に吹き出しがありそれを利用して北緯10度線を西進するルートもありです。岡心がついてハワイに寄りたくなりますが、そのまま15度線を西進するプランもあります。パナマを出るときには日本への直行も考えて水や食料も積み込むべきでしょう。 ハワイやグアムの入国を考えるのならば事前に日本でアメリカのヨット入出国のビザを必ず取得してください。うちのお客様でバハマに入国され再びフロリダに来て入国手続を怠りトラブルになったケースがございます。米国はビザには極めてウルサイ国です。
 アカプルコより北上してカリフォルニア半島の南端よりハワイに西進する。

 4.ハワイー日本 
 ハワイを出て北緯10−20度の幅でグアム近辺で沖縄をめざす。うちのお客様でトラック諸島に立ち寄ったかたもおられます。グアムに寄港した場合は小笠原で入国手続になります。沖縄入国の際は最終行き先に従い南西諸島を北上することになります。船検の関係で臨時航行は1か月の期間となりますので、その間に母港マリーナへ行かねばなりません。入国の際には通関消費税がかかりますので8%の金額を用意する必要があります。税関手続も船積と違いご自身で簡単にできます。海外船籍の場合は入国手続のみです。

 ウインドマップでご自身のプランをお考えになってください。
  
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2014年11月18日

ウインドマップ

 世界の風をリアルタイムに知る


  windmap.png


 http://earth.nullschool.net/jp/

 インターネットで世界の風をリアルタイムに知ることができるようになりました。ロングクルージングセーラーはもちろんですが、デイセーリングのハーバーヨットマンにも良報です。
 今までにウエザーファクスの方法がありましたが、本船乗りをしていたときには唯一の天気を知る情報でした。まだヨットで積み込んでその利用をしたことはありませんので、実情はお知らせできません。スペインにいるときには毎日バールでコーヒーを飲みながら置いてあるテレビの天気予報を見ていました。地域の海域を地図で区切って示して、実際的な海の状況を予報していましたので、日本の洗濯に役立つ天気予報よりもヨットには役立ちます。
 太洋航行中にインターネットに安価につなぐ手段があれば航行中でも役立ちますね。それより事前の航海計画を立てるときに便利になりました。気象状況が変動してきていますので、パイロットチャートの先人の情報もこれで補完できます。

 次回はフロリダや大西洋横断ルートをこれを見てお伝えできると思います。

   2014-11-18


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2014年11月17日

西地中海ヨット周航 11

ドラゴネーラ

  doragon.jpg

              
何という名前を付けたものだろう。竜でも住んでいるなら完ぺき
だが、この為には灯台守と変種のとかげが住むだけだ。
 ドラゴ、ネーラはマジョルカの南西に位置し、バルセロナからフェリ
ーでマジョルカ島へ渡るときに灰白色の岩肌を見せる細島い島だ
.マジョルカ本島とは浅い瀬で切り離されてはいるか、本島のサン
テルモから見ると眼前に黒々と横たわり、孤島というよりも、むしろ
半島である。
 国王や大続領が毎年バカンスを過すアンドレッチから、ヨットで二、
三時間程の距離でドラゴネーラに投錨(とうびょう)できるが、この島
には適当な湾や入江はなく、灯台守専用の舟着き場があるだけだ。
錨(いかり)を舟の後ろから入れ、へさきから肪(もや) い、ロープを
コンクリートのちっぽけな桟橋に取ってどうにか小舟を固定させるが、
とても安全なやり方とは言えない。横風やうねりを受ければ、いとも
簡単に岩に乗り上げるに違いない.しかし、そうして島に渡るしか
方法がないのだ。島には二つの灯台がある。島の南端と中程の
最高位点にあって、互いの盲点を補うように、四〇マイルという強力
な光速距離を持つ光を放っている.
 天然の良好プエルト・7ンドレッチからカポ・デ・サ・モラを回り、
カラ・アントニオを渡ってサン・テルモ湾に至るまでは、ビレ・ネ一降
ろしのミストラルにつかまりさえしなければ、実に美しいリラックス
した航海だ。サン・テルモ湾も、近年開けて来たこは言え、真夏で
も砂浜が人でごった返すということはない。
 地元の漁師の小舟が幾隻も湾の北側に紡い、緩やかなリズムで
揺れている。ドラゴネーラが防波堤の役目をしている のだ.
サン・テルモの漁師はドラゴネーラの恩草をはかにも受りている。ド
ラゴ・ネーラとマジョルカ本島の南西岸は、ちようどジョウロ型の海域
を作り、そのジョウロの出口に当る部分が極端に浅くなっているが、
そこが絶好の漁場となっている。とりわけ南西の風か吹くとジョウロ
に水が集り、走るように流れる。時折、ベタルポートや泳いでいる人
が流される。
 ドラゴ、ネーラからの眺めは素晴らしい 。マジョルカの切り立った
北西岸と、複雑なな海岸線を持つ南西岸の両方を見ることができる。
こんな絶景を持つ島に目を付けたのが、例によって観光開発会社で
ある。この島を、前の持ち主フアンフレッチャスからバメッサなる会社
が、一九七四年に三億ペセタで買い取った。二年後、アンドレッチ町
議会は、ポメッサのバカンスビレッジ建設計画に許可を与えた。そして、
本島との間に橋を掛ける計画まで持ち上った。
 しかし、ドラゴネーラ古来のとかげがこの島の俗化を救うことになった。
昔むかしの大昔、第四紀にはマジョルカやメノルカにも生息していたとさ
れている変種のとかげ、カタランではサルジュンタネスとして知られてい
る爬虫類(はちゅうるい) がドラゴネーラだけに生き残っていたのだ。
 生態学者や自然主義者たちが、島の生態系を壊すものとして、ドラゴ
ネーラの観光開発に反対運動を始めた.しかし、地元の利権者と政治の
結付きのせいか、マジョルカ島講会でも開発案は認められた。一九七八
年のことである。
反対派はあきらめず、法廷闘争を続けた。ている。最高裁は今年の二月
にやっと、バレ7レスの自然主義者たちにとっては歴史的な判決を下した
.ドラゴ・ネーラの宅地化は一切切禁止となったのだ.そして、一三年にも
及ぷドラゴ、ネーラ争議に終止符を打つ要因になったとかげは、岩から岩
へと滑るように走りまわっている。
 ドラゴネーラへは遊覧船も出ている。アンドレッチから海岸の絶景そ眺め
、ドラゴ・ネーラを回って岩に上陸もできる。全長五キロメートル、幅800メ
ートルもある.長いさつま芋のような形の島である。灯台のある頂まで、
かなりの急斜面を三〇分程登る。騒動の主は、素人目にはイビサやエス
パルマドールのものと区別を付けにくい。ドラゴネーラの名も、ドラゴンに
少しばかり似ていなくもない変種のとかげから来ているが、中国流の竜と
結び付けるにはかなりの想像力を要する。
 ドラゴネーラに上陸し、島を見て回り、いざ舟を出そうとしたが、なんと
しても錨が昇らない。竜が錨を飲み込んだかのように岩のすき間にガ
ッチリと食い込んでしまったのだ。勇を鼓して海に潜り、錨の頚にロー
ブを結び付ける。そして、ロープを強力なウインチで巻き上げ、やっと
錨を回収し、サンテルモの入江で静かな一夜を過したことだ。
 興味本位に島に近付こうとしたり上陸しようとすると、時々しっぺ返しを
食うものである。以後ドラゴ、ネーラは外から眺めるだけにしている。

  2014-11-17

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2014年11月15日

ヨットのための本船の常識とは

  小型船との衝突を避けるために

 自動車船や自衛艦と漁船の衝突事件などありましたので、この際に商船(本船)の常識で世間にはあまり知られていないことを述べます。
  商船の燃料にはAとCの2種類の重油で機関を動かしています。Aは入出港のとき、または船長が要求すれば、関門海峡と来島海峡などの潮の速い侠水道通航の時に使用します。通常の航海はC重油を使用し、これは温めなければ固まってしまうような安価な重油です。従い航海中は機関の停止はできません。燃料パイプが詰まってしまうからです。他船の衝突を避けるためには、舵を切って針路を変えることのみに制限されております。従い衝突回避のためには、汽笛や夜間の探照灯の照射などが大事になります。またこのような時は本船が転舵しにくい状況に本船があるということです。自衛艦は本来の任務上、良質な油を使用しているでしょう。
 またレーダーで常に他船を監視しているわけではありません。現在はGPSで常に船位が分ります。沿岸から20-30海里のときはレーダーにより船位の測定をしますので、30分おきに5分ぐらいレーダーを回します。現在はもっとGPSの普及で使用していないかもしれません。沿岸で夜間は必要時にはレーダーで他船の動静を見ます。小型船は6-7マイルの距離でレーダーに映ります。小型船との衝突の恐れがあり、法規定の回避動作をとるのは、1海里以下で、目視できるときは200-300m位にになったときですね。霧の時にはレーダーを多用します。昼の視界の良いときは目視のみの見張りになります。太洋航行中はレーダーを使用しないので、夜間に小型船は白灯一つでも点灯していないと、本船に衝突される恐れ大です。無灯火でいるのは自殺行為に等しいです。めったに太洋では他船をみませんけれど。本船は目視による見張りが主ですので、小型船は本船がレーダーによりこちらを確認しているとは思わないほうが賢明です。時化たときにレーダーでは近距離(2海里以下)は海面反射により小型船は映らないと思ったほうがいいです。高波により小型船は目視でも隠れてしまいますので、法的に権利船だといわずに、時化ているときには早めに回避行動を自らとるのが事故を防ぐためです。

  2014-11-15

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2014年11月14日

西地中海ヨット周航 10

  フォルメンテーラ島
      大きい島が イビザ島

   200px-ibiza.jpg

                    
     下の三角の島がフォルメンテーラ島


 フォルメンテーラは‥清楚(せいそ) な島だ。山もなく、緩やかな
坂があり、そこを登りつめると、崖(がけ) がそのまま海へとズリ落
ちて終る。餅(もち) を引き伸ばしたように中央が細くて長い。騒音
に満ちたイピサの港から四〇分程でサピーナの港に着く。この島に
は飛行場がなく、旅客の足はすべてこの赤く塗りたくったフェリーに
よるか、自分の小舟によるしかない。サピーナの港では、ホテル差回
しの小型バスやトラックがフェリーボートから吐き出され、バカンスの
客を待ち受けている。その間の三〇分間だけ、小さな港はにぎわい
を取り戻す。
 フォルメンテーラは自転車で回るにはもってこいの大きさだ。きつい
登りもなく、港から一番速くに位置する灯台まで一五キロ足らずだし、
小さな村を通って潮風が汗をぬぐうに任せながらペダルを踏むのは
心地よいものだ。
 島には塩田がある。イチジクが採れる。羊が飼われているがほか
には何もない。強烈な太陽の熟を利用した塩田も、あまりにも手間が
かかるので企業として成り立たなくなってしまった。ここで育てられた
羊は、毛は荒いがかえって春や秋口に着るにはちょうどよい。老婆が、
大きなへラに釘を何十本も打ち付けたものに羊毛を載せ、もう一枚の
へラでしごく。そして、指というより手の平全休で糸をよる。ケバの多い
太い毛糸に仕上る。それを染めるには化学染料を使わないため、ど
うしても中間色の柔かい色調になる。出来上ったセーターは目の荒い
ザックリとしたもので、配色がどこかフォルメンテーラの自然とマッチし
ていて実に美しい。手編みのセーターはサン・フランシスコの村が中心
である。島を訪れた人々はこの素朴なセーターにファッション性を見出
し、買い求め始めた。しかし、もとはと言えば老婆が孫のために、夏は
木陰で、冬は陽当りのよいテラスで縮んだものである。観光客全部へ
行き渡る程の生産性はない。今はニュージーランドの羊毛を中国や
台湾で織らせたものが大半である。
 広々とした砂浜はイジエクスにある。長い砂州が北へ伸び、エスパル
マドールへあと一歩というところで切れている。イジエクスは二つの海を
持つので、東風が吹いて東岸が荒れても西側は鏡のような水面を保って
いるし、逆の場合もある。砂丘を越えるだけで常に静かな海が約束され
ている珍しい場所である。夏になるとヨットがどっとばかりにこの長い砂浜
の中へ描 (いかり)を下す。最大級の妻華帆船「ジェシカ」や「アメリカ」、
アラブの石油成金のヘリポート付のヨットが並ぷ。
ハリウッドのプロデューサーや監督が美女に囲まれてデッキに寝そべれ
ば、若者はウィンドサーフィンに興じる。夜には舟と砂浜でパーティーが
始る。イピサのディスコ主催のビ−チパーティーや美人コンテストなどが
開かれる。
 島に古くから住む外国人は、イジュタスの喧嘩 (けんそう)を苦々しく
思っている。今はもう頭が白く、あるいは薄くなって来たヒッピーやビ−ト
ニックジエネレーションの芸術家たちである。イギリスの高名な彫刻家、
7メリカのビ−トジェネレーションの申し子、フランスの売れない画家、
インド哲学に凝ったジャスドラマーが、サン・フェランのベベのバーへ集
って来る。彼らは観光客やイジエクス人種をプラスチック人種と呼び、
軽蔑する。自分たちが見付けた避難所を荒らされた怒りを持っているの
だ。そして、この島も終りだ、別天地を見付けて引っ越さなくてはと嘆く。
 突端にあるフォルメンテーラの灯台は、四〇マイルも届く強い光を放っ
ている。灯台守はバコといい、生枠の島民ではない。ヨーロッパ、アジア
を放浪してこの島にたどり着き、暮し始めた。何年かして灯台守の資格
を取り、岬の灯台に住むようになった。ニワトリを飼い、畑を耕し、火を
ともす。五人の子の父となった今ではここを動くつもりはない。フォルメ
ンテーラ島民もバコを受け入れたのだろうか、電気の配線、器具の修理、
ポンプやパイプの補修に至るまで彼のところへ持ち込み、頼むようにな
った。バコも、時間の許す限り小さなバイクを取ってどこにでも出掛け、
頼まれた仕事をこなす。観光に縁のない貧しい島民は、卵や干しイチ
ジク、アーモンド等でバコの労をねぎらう。この島にたどり着いたのは一
つの天啓であったと語る。そのすぐ横で遊ぷ子供たちは、なまれりの強い
イピサ語を兄弟同士で話している。バコにはよく分らない。こいつら、
フォルメンテーラ人だな一と優しい目で我が子を見る。
 島を出る若者が相次ぐ中で、島に生きる彼のよ、ユな存在が島を
一層美しいものにしているのだろう。

   2014-11-14
 
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2014年11月12日

西地中海ヨット周航 9

  プニョン・デ・イファク


ifaku.jpg

 

この奇妙な名前を持つ岩山はプーニョ・デ・イファチとも呼ばれ、スペイン
本土と低い塩田地帯でつながる小さな岬である。
 私事になるが、初めて海上からプニョン・デ・イファクを目にした時、時化
(しけ)の後で強いうねりが残り、うっすらと水線にかすむ影が雲なのか島
なのか判別できなかった。
 マジョルカ島からジブラルタルに向う途中、カポ・デ・ガタ近くでちょっと
した嵐に出くわした。地中海は鏡のよぅだ湖のようなものだと聞かされて
いたが、11月終りごろの地中海は一時間ごとに風向きが変り、三角波
が立ち、それが時として荒た。ヨットがロマンを誘うのは、あくまでも順風
(Gentle Breeze)がセールに柔かい風をはらんだときである。
真正面から向い風を受け、へさきを波に突っ込み、潮はデッキをザブ
ザブ洗う、しかも地中海での波とうねりの波長が短いせいか、やたらに
落着きのない揺れ方をするヨットの上にあっては、ただ耐えるだけが唯一
の航法となる。三日ほど陸を見ていなかったし、ぬれと寒さと凍れ、
船酔いで意気消沈の体で、さっばり距離のかせげない向い風の航路を
変え、もう一度北上してカルタヘナかアリカンテなどの大きな港に逃げ
込むことにした。
 セーリングヨットにしろ、補助エンジンを積んではいる。向い風の時や出入港
の時など、エンジンの助けなしでは、狭い港内で操船して上手に接岸するのは
難しい。にもかかわらず、セーリング派は、エンジンを不可解なもの、余計なも
のとしている。エンジンの方でも不信の念に復讐(ふくしゆう)するかの
ように、エンジンが一番必要なころ合いを見計らって、ストライキを打つ。
エンストである。この偶然があまりにも多く重なるので、エンジン本体に
なんらかの意志が働いているとしか思えぬほどだ。
 水平線に見えたプニョ・デ・イファクに入港しようと決めてから15時間以上か
かった。エンジンさえ動いてくれれば三時間で着く距離を、弱い向い風の中、
ジグザグに角度を付けて登って行った。夜明けとともに岩陰を確認し、一日い
っぱいプニョ・デ・イファクの岩肌が様々な色に変るのを見ながら、ノラリ
ノラリと近付いて行った。周囲が時灰色のモヤに包まれても、その岩山
だけはまさに沈まんとする夕陽に映え、緑青を帯びて銅板に強い光を当
てたようにに鈍く反射していた。
 入港できたのは真暗闇(やみ) になってからだった。この岩山はジブラル
タルに似ている。ヨットハーバーは岩山の陰にあり、地中海や冬の強風レバ
ンテに対して安全な避難所となっている。
 一日、船の指針の役を果してくれた岩山に登ることにした。プニョン・デ・イ
ファクは、そそり立った標高328メートルの石の塊で、ロッククライミングの練
習場としても名が通っている。その年にも五人が墜落死しているが、比較的
安全なルートもある。なんの目的で作ったものか、山の中腹に人ひとりがやっ
と通れるトンネルが掘られ、内側から海側の絶壁へ出られる
ようになっているのだ。そのルートを利用すれば、特別な装備なしに一時間
程で頂上に着くことができる。畳二枚ばかりの平たい石があるだけだ。北側
にマライラ岬、ナオ岬がせり出し、手前に緩やかに湾をなすフステーラとレバ
ンテのビーチが見える。南方にはボンバルド岬、陸側はペルエア山脈が迫っ
ている。アルテアの村が美しい白壁とローズ色の屋根を見せている。奇観を
呈しているのは、ベルニア山脈がアルテアへずり落ちている急斜面だ。その
灰色の岩にへばり付くように幾百もの白い別荘(当時プール付きで1000万
円台の価格)が建っているのだ。まるで仙人の巣のように。人間の所作を受
け付けないこのプニョ・デ・イファクとは対照的に、ベルエアは人間の挑戦を
受け入れた岩山である。
 カルペの町はプニョン・デ.イファクを売り物にして観光客を集め出した。
うねうねと伸びる海岸遊歩道もできた。元来裕福な人々のリゾート地であっ
たから、全体が広々としている。おまけに、最悪の例ざだとカルペの人々は
言うのだが ー ペニドルムが山を越えた隣にある。あんな町にはしたくない
という強い意志が働いているのだろうか、カルペは小さな田舎町の良さをふ
んだんに残している。
 毎水曜日に開かれる青物市場は、近くの農夫が泥の付いた野菜をそのま
ま並べて売っていて楽しいし、魚の朝市は漁船が入港して荷揚げを終える
夕方八時ごろから始る。バラエティーには乏しいが、ともかく新鮮だ。カツオ
もキロ150ペセタというバカ安値で売られる。魚市場の周囲には海産物レス
トランが並ぶ。
 アルテアもひなびた漁村の面影を残す美しい町だ。傾斜地に作られた古い
町で、スペインの町の別に漏れず、中央の高台に教会がある。そこまで行く
と、眼Fにローズ色の屋根が積み重り、対岸にはプニョン・デ・イファクがそ
びえ立ち、海面にその姿を落とし、一層大きく見える。ペルニア山の上まで
車で登ることもできる。
 岩陰のヨットハーバーに妨(もや) ったことがいかに幸運であったかを三
、四日後に知ることになった。初冬の地中海独自の猛烈な東風レバンテが
二日間吹き荒れたのだ。
一般に、地中海は風向きが変りやすく、風のカによる波やうねりは大きく成
長はしないのだが、この二日間に及ぷ烈風は地中海にしては異常な波高
を持ったうねりを作り出した。両隣のヨットハーバーが危いというので、カッ
パを着込み、セイフティーハーネスを付け、カルペ・ヨットハーバーのスタッ
フと一緒にバセテ港に駆け付けた。港を見下す崖(がけ)の上に着いた時
、目にした光景に震えが来た。狭い港内は狂瀾(きょうらん)のるつぼと化し
、続々と押し寄せる大波は披頚を風に引きちぎられながら防波堤を乗り越
え、紡いのロープが切れた船が岸壁や他のヨット、ポートにぷつかり合う。
しやれたクラブハウスも、屋根から潮に洗われ、崩壊を待つぱかりだ。沈
んだヨットが三隻、マストを水上へ突き出し、揺れている。豪華なモーター
ボートが打ち上げられ、破れた船底をさらしている。修羅場とはこんな状態
のことを言うのだろう。
 人間のカ、構築物はちっぽけなものだ。泡立つ港内を、なすすべもなく、
ただ泣きながら見ている人が数人いた。
 帰り道、沸き立つ海面の向ぅに、我々のヨットを守ってくれたプニョン・
デ・イファクが水墨画のようにそびえていた。
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2014年11月10日

ヨットの衝突防止

 ヨットは弱いもの

 海上衝突予防法では2隻の帆船の航法があり、スターボード艇優先の原則ですが、レース経験のない筆者にはこの規定に現実の海で遭遇したことはありません。
 クルージングしていての日本では一番やっかいなのは漁船でしょう。 猛スピードで船首近くを横切って行くのでヒヤリとした経験のお持ちの方は多いのではないでしょうか?
 帆走中には動力船は帆船の進路を避けなければならない規定があります。昼間は帆がよく見えるので問題は少ないです。夜間は他船と衝突の恐れがある場合には、規定の航海燈の他に大きめの携行ライトで帆を照らすかマスト作業燈・デッキライトを点灯して帆の存在を浮かび上がらせるとよいでしょう。経験では大体よけてくれた覚えがあります。機帆走している時は動力船の規定になり動力船の航法になります。この際も夜間は疑わしいときは帆を照らすなり、相手船の船橋あたりにライトを向けると効果的です。航行中にはVHFの16チャンネルを聴取しているのも大事です。本船から呼びかけがあるかもしれません。前方の見張りも大切ですがヨットの場合は船速が遅いので後方からの追い越し船にも十分注意しなければなりません。前にものべましたが、太洋航海中には夜間の全周を照らす白燈を点灯しないと自殺行為です。

 大事なことは相手船との方位が変わらないで接近してくる場合は,早めに減速するなり方向を大きく転じて、他船にこちらの意思を知らせることです。なにせぶつけられたらヨットは弱いものです。汽笛で短音5回以上の連続音が聞こえたら相手船が疑問をもっていることで警告と考えて直ちに舵を大きく切ってよけるべきでしょう。法的に自分は権利船だと云っていないで、針路速力を保持する側にも他船と衝突回避の協力動作をする規定があります。事故が起きれば船員の常務の規定で現実的に痛み分けになりますね。弱者・ヨットは相手に頼らずに自分で守らなければなりません。

   2014-11-10

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2014年11月08日

西地中海ヨット周航 8

イビザ島 サン・ミゲル村
       スペインで最も美しい村


  miger.jpg


                     

 イビサ本島を孤島めぐりで取り上げるのは、どうにもタイトルにふさわ
しくないし、第一紙面が狭過ぎる。このことを承知の上でイビザをしかも
内陸にある村サン・ミゲルを語る。          ... 1行不明 .......
から二〇年も経ったことだろうか。この平地の少い島は常に飢えていた。
「食」を求めて、島民は南米へ、スペイン本土へと流れて行った。イビサ
の孤島時代のことである。週一便の定期船が生活に必要最少限のもの
と手紙を運んで来る以外に、外界とのつながりはなかった。
 逆に、イビサに流れ込んで来た一団があった。第二次世界大戦後
ナチスが数十人、フランコの黙認という庇護(ひご)を受けて住み着いた。 
その後50年代から60年代にかけて、ヒッピーたちがイビザに理想郷を
見て。イビセンコと同じ自給自足近い生活を初めた。
一体このイビサ人・イビセンコは自分自身の生活様式に対して非常に
保守的だが排他的ではなく、客を迎えてもてなすことが好きで、従って
上手である。ナチスもヒッピーも同じように受け入れ、現在のように膨大
な数の観光客が押し寄せるようになっても自分たちの生活を変えようと
しない。隣りにプール、テニスコート付きの豪邸が建ち、イビサファツショ
ンに身を固めた外国人が高級車を乗り付け、彼らがマリファナ、ヘロイン
のらんちきパーティーに明け暮れしていても、イビセンコは二〇〇〜三〇
〇年前に建てられた電気も水道もない家に住み、麦ワラ帽子をかぷり、
祖父母と同じ格好で野良仕事に精を出している。
 イビサの農家は、食と住に関して、未だにほぼ完べきな自給自足生活を
している。自分の畑でとれた麦を粉にひき、何世代もその家に伝わる得体
の知れないイーストを混ぜ、小型のイーグルのような石のオーブンでバン
を焼く。これを灰を払い落して薄めに切って食べると、歯ごたえがあり、香
ばしいさとかすかな酸味が口内に広がる。各々の家で微妙に風味が異な
る。
 壮麓な構築物を建てる財力はこの為になかったし、豪農も現れなかった。
島にある建物といえば、村々のちっぽけな教会と古い農家である。
サン・ラファエル、サン・アントニオ、サンタ・エウラリアの教会はそれぞれ
に美しく、つつましやかに島の情景を作り出す。
そして農家であるが、いずれも初めて建てられた年月がはっきりしない
程古く、不ぞろいの石を根気よく積み上げて粘土で固め、その上へ石灰
を塗りたくる。建増しを繰り返しているので、部屋割りは複雑になって来る。
何代にもわたって白石灰を塗り込んでいるので家全体が柔らかい曲線で
覆われ、石造りの家に見られがちな直線的冷たさはどこにもない。天井の
梁(はり)には、鉄のように硬くて、しかもサビないサピーナと呼ばれる木を
使っている。屋根はかすかに傾斜した平屋根で、水抜きのパイプが地下の
水槽でつながっている。屋根で集めた雨水を飲料水として使用するための
もので、シスチルナと呼ばれる。水の少い地方にごく一般的に‥見られる
やり方である。
家の中は時い。六〇センチから一メートルはあろうかと思われる璧が外界
の著さを遮断し、冬場の湿気を防ぐ。
 イビサの古い農家を特徴付けているのは、安から数歩離れて位置するバ
ン焼き窯である。まるで若い女性の乳房の
 ように半球形が柔らかく天を突く。
未だに失われていない生活        (1行文字がかすれて不明です)          
 
             中心に小ぢんまりとした教会があるだけのこの村が、
スペインで最も美しい村のひとつとしてアメリカのリ−ダーズ・ダイジェスト社
に選ばれ、紹介された。イビサの港から21キロぱかり北にあるサン.ミゲル
である。建築家や設計士がいたわけでなし、百姓が自らの必要に従って自
らの手で石を棲んだ家々が、宇宙的な感覚をふんだんに持っているのは
当然のことかもしれない。
  サン・テグジュペリが育ったように、砂漠が美しいのはオアシスがあるか
らだとすれば、イビサの農家の美しさは、その家に未だにカステイジャーノ
を話すことのできない、イビセンコ (イビサ語)しか分らない老婆が昔と同
じように生括しているからだといえる。この美しさは、実際に機能することを
やめたときには、崩れ去る性質のものなのだ。
 毎週木曜日に、このサン・ミゲルで民族舞踊のショーが開かれる。あでや
かな海岸にばかり集る繊光客を少しでも村に呼ばうという村人の発案だろう
か、、ショーと呼ぶにはあまりにも素朴な見世物を披露している。単網なリズ
ムに合せて、男が跳び回りながら足を前に上げ、女は自分の持つ金銀すべ
てを身に付け、指にも通常二四個の金の指輪を飾り、チョコチョコ歩くだけ
の求婚の踊りである
 イビサ出身の詩人マリア−ノ・ビジャンゴメスはサン・ミゲルをこううたう。
 白熱の太陽に小さな休止、
 静かさと緑と青は
 喜びにも似て、
 サンミゲルでは
 静止した静寂と
 大地への瞑想がある。

  2014-11-8

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2014年11月06日

西地中海ヨット周航 7

  エスペドラ島


  espedora00.jpg



エスべドラは、イビサヘフェリーボートで渡る人なら誰でも目にする
島だ。政府観光省でくれるパンフレットやガイドブックの類いにも必ず
登場する、実に姿・形のよい島だ。遠くから、霞を打ち抜き天を突くよ
うにそびえている碓姿を見ることができる。また、イビサを去るときに
は、最後まで丹を見送るかのように、西陽を受けて朱色に染った岩
肌を見せてくれる。
 空気の透明さと孤高の雄姿は距離感を失わせる。カラドールと呼
ばれるイビサ本土の入江からエスベドラを目にしたとき、この崇高な
岩まで泳いで行こうとしたものである。この、眼前に迫っている島が三
キロメートル以上離れていることを実感するには、実際に小舟でそこ
へ行くまで待つほかなかった。岩山があまり急峻にそびえているので、
カラドールからでさえ眼前に迫り、いましものしかかって来るように見
えるのだ。
 エスパルマドールが異常に平たい島なら、こちらは平地部分など全
くない三八二メートルの岩そのものだ。ちょう
どアルブスの山の頂きの部分だけ切り取って海に浮かべた、と言えば
当っているだろうか。この名、ベドラは、ローマ時代には監視役を意味
する言葉だった。確かに、地中海に点在するローマの見張塔に似ている。
 上陸するのに適当な入江はない。波と風の方向を見ながら岩場に小
舟を妨(もや)うしかない。夏は、カラドール
に面した島の北側がイビサ本島に守られて、うねりが入って来ない日が
多い。岩にたどり着くと、四〇〇メートルの岩壁がそのまま切り立ってい
る。ロッククライミングの装備を必要とせずに登れるルートがひとつだけ
あるという。
 この、遠くからながめている方が無難な島へ、復活祭が過ぎて海に春
の穏やかさが訪れる頃になるとイビサ島民、イビセンコが、ラウーと呼ば
れる的り丹を仕立ててやって来る。カモメの卵を獲りに来るのだ。
 およそ世界中どこにでも見られるカモメの仲間ではあるが、産卵場所
は非常に限られており、切り立った海辺の岩場を好む。日本で産卵する
カモメはおらず、ウミネコが唯一のものである。エスベドラで卵を産むカモメ
はセグロカモメと呼ばれ、何千、何万と群棲して巣を作り、ここで雛(ひな)を
かえす。そして、イビセンコにとってはちょっとした冒険をはらんだ食料採取
の場を与えることになる。ワラで編んだ長い肩ヒモの付いたバスケットを背
に岩山を登り降りし、卯を集めるのだ。卵は鶏のものと同じかやや大きめで
、暗灰色のまだら横様を持つ。ひとつの巣に二個か三個産み付け、成鳥と
なるには四年かかる。卵の味は、焼いても生で飲んでも味が濃く、旨い。白
身はとろみが強く、ゼリー状に近い。中国では、カモメの卵の白身を乾燥
させ繊維糊として使用しているし、輸出もしている。
屋外で飼われた鶏の新鮮な卵も、本来このような風味を持っていたのかも
しれない。岩登りに良けた者は、五〇〇個から集める。
 エスベドラのカモメには、人間以外にももうひとつの敵がいる。トビが、やは
りこの島で産卵するのだ。日本で言うオジロトビで、わが子に与えるため、
かえったばかりのカモメのひなを鋭い爪で持ち去るのだ。
人もいた。野生の山羊が生息していたのだ。誰が連れて来たものか、岩山
で、水と緑の極端に少い自然に、山羊は適応し、野生化した。
 小舟を操り根付きの稚魚を獲る年老いた漁師がまだ子供の噴、仙人が住
んでいたという。エトス山の聖人のように、星い年月を唱てて時折幾人かが
住み着き、死に、離れたに違いない。
おそらく、山羊は、そんな聖人・仙人が何百年か前に連れて束たものたろ
う。いずれにせよ、最後の仙人が死に、島は無人島になり、山羊だけが残
った。市民戦争のときに}けずいぶん乱獲もしたらしいが、山羊はまた繁殖
し、ゴムの吸着盤でできたよう蹄(ひずめ)を生かして急な岩山や灌木(かん
ばく) に登っているさまを見ることができた。が、特別な種でもなく、
単に野生化したというだけの小型の山羊は、一五年前にあっけなく絶滅し
てしまった。
 土地の者はとかくよそ者に罪を着せたがる。いわく、自分たちが年に一匹
、二匹獲っているうちはよかったが、シプシーや南米人か・果て、銃て何匹も、
とても一度に食べきれないないほどとってしまった。と。
 本当の原因を知ることはできないであろう。が、山羊は食が荒い。食の悪
さが生命力の強さにもつながるが、草木を根こそぎ食べてしまう食の悪さが
緑を駆逐し、まるで自らの首を締めるように絶滅したと思われる。いずれに
せよ、もはや仙人の姿も、山羊の影も鳥に見ることはできない。
 少し気取ってバレアレス三大景観を挙げれば、そのひとつにカラドールか
ら見た夕書時のエスベドラを数えたい。
カラドールの西側の岩の中腹に、土地の古老が粗末な板茸(ぷ)きのレスト
ランを開いている。近くで獲れた魚を鉄板て焼いて食わせるだけが身上で
ある。テラスがエスベドラを目にしながら西に開けているので、夕陽を見る
のに理想的な場所となっている。とりわけ秋の夕陽が美しい。黄土色の岩
肌が、真紅に紅紫にラベンダー色に、そして茄子色に変わる。真横から低
い角度で血のような光を放つ太陽は、エスベドラに環い陰影を与え海を火
の鏡にする。太陽と海とエスヘトドラが演出する自然の豪奢なパノラマを見
ることができる。

  2014-11-6

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posted by はやめ at 06:40| Comment(0) | 日記

2014年11月03日

西地中海ヨット周航 6

 サルジニア・アシナラ島


  asinara00.jpg
 アシナラ島の監獄

 地中海の島々は、時代の列強の力関係によって属する国を何度も変えて
来た。一個の島だけで強力な政府、国家を作り上げることができず、スペイ
ン、アラブ、イタリア、ノルマン、トルコ、フランス等の支配を一方的に受けて
来た。
 島民は反権力的な自治地下組織を作り上げた。シチリアのマフィア、コルシ
カ島出身者で固めたフランスの地下組織ユニオン・コルソ等は、隠然たるカ
を持って現在に至っている。スペインの島々でも、カナリア諸島、バレアレス
諸島に小さな自警団的組織が見られた。フランコ時代、グアルディア・シビル
が立ち入ることのできない山村が幾つもあった。
村で起った事件は村の組織が処分した。そして、よそ者に対しては厳しく沈
黙を守ったものである。
 サルジニア島は大きな島である。四国よりははるかに大きく、九山川には
少し足りないこの島も多くの征服者を迎え
入れたが、アラゴンもこの地を長く支配した。アラゴン人は鳥の北西にアル
ジェロという城を築き、そこを本拠とした。この地方では、未だに中世のカ
タラン語(もちろん、四〇〇年の長期にはサルド語やイタリア誇の影響を
受けて変って来たであろうが) が話されている。
 バルセロナの大寺院前広場で毎日曜日に見ることのできるサルダーナ
という輪舞がある。日本の盆輌りに似ていな
くもないが、手や身体の動きは少く、足で軽妙にステップを踏みつつ円を
描く輌りだ。このサルダーナは、アラゴン人がサルジニアから持ち帰った
ものだ。原形を北サルジニアの漁村で見た。同じ円舞ではあるがエネル
ギッシュな激しいもので、‥美しく着飾った村の娘達は一曲終るごとに大
きく肩で息をし、純白のブラウスは汗でベットリ背に胸にまつわり付いて
いた。
 アルジェロは城壁が海にまで迫って港を囲んでいる落ち着いた街であ
る。アラゴン人が去った後、小さな漁港としてその命を保って来たが
、観光ブームと時を合せるかのように、近くのカッチャ岬に世界でも有数
の大鍾乳洞(しょうにゅうどう) が発見された。切り立った崖(がけ)が陸
から近寄ることを拒んでいたので、アルジェロから瀬渡し舟で訪れるほか
はなかった。今では、六五〇段もの急な階段のぼれば陸路でも行くこと
ができるようになった。海面と同じ水位の洞穴なので小舟をこぎ入れるこ
とができる。広大なものであるが、それでも、まだほんの一部しか開発され
ていないという。鍾乳洞は摩力を持つ。一歩足を踏み入れると空気の冷た
さに打たれ、外界での色と光の観念が通じなくなり、音も極度に鋭敏に震え
る。グロッテ・デ・ネットゥノと呼ばれている。
 アルジェロの街だけではないが、北サルジりアはスキューバダイビングの
盛んなところだ。潜水がレジャー・スポーツ化する何十年も前から、サルジ
り・アの漁師といえば半数は潜水夫で、海綿とサンゴとを採取していた。滞
桃色をしたものから血のようなものまで、サンゴを売る店が多い。国内用、
輸出用ともに、サンゴ市場を牛耳っているのはマフィアである。
 サルジl一アの北西の端にアシナラという特異な島がある。100年程前
まで、この為に半農半漁の島民が親世代にもわたって住んでいた。しかし、
アシナラ島民はサルジニア本島の北端の土地を与えられ、強制的に移住
させられた。彼らはステインティーノという漁村を作った。時の政府はアシナ
ラ島を監獄島にした。アシナラは、サルジニアとは一キロメートルぱかりしか
隅っておらず、しかも、水路の中間にはローマ塔を持つビアナ岩がある。絶
海の孤島の脱獄不可能な収容所というわけではない。もともと天候のよい
この島にサナトリウムを作ったものらしいが、刑務所の役割の方が大きく
なり、今ではただの刑務所ではなく、特別隔離の必要のある重刑者のみを
収容するイタリア全土に名を残すマフィアの幹部、イタリア赤軍がここに収
容されている。 この島は囚人だけのものではない。世界で唯一と言われる
白い野性のロバが生息するのだ。白いロバなら殊更珍しいものではないが、
アシナラ島のロバは白子(albino)なのだ。白子は弱体で生殖能力も劣ると
されているのは人間の場合と同様だが、それがこの島で繁殖した。アシナ
ラ鳥への上陸は許されないが、白いロバを見るだけなら問題はないだろうと、
コバルト色のリアレ湾深く舟を進めて描(いかり)を入れ、望遠鏡で白いロバ
を探す。かつては村の共同基地だったと思われる、傾斜地に幾十本の十字
架が突き出た一帯に、十数頭の白子ロバが見えた。同時に、サイレンの音
とともに武装した警備艇がやって来て、半ば強制連行の様子だ。すでに機関
銃を腰だめに構えた警備隊の緊張した表情から推察するに、やはりアシナ
ラ島は白子のロバの島ではなく、特別監獄島としての役割が大きいようである。
 逆に、一般人を拒否することによって白子のロバは安穏と生き延びることが
できたのだろう。白子のロバにとって、現在の状態の方がはるかに幸せに違い
ない。 ステインティーノ村で、老婆が印刷の悪い白いロバの絵葉書を売っ
ていた。
 
   flag_of_sardiniasvg1.png
 
    サルデイニアの旗 
 
 それにしても奇妙な旗である。これは鉢巻ではない。目隠しされた奴練を
表している。
アラブ支配下に大量に連れ去られ、奴隷として売られたサルド人の悲勅を
語るものである。コルシカの放は目隠し奴練が一人だけのデザインである。

 sarginia.jpg

  2014-11-3

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posted by はやめ at 13:47| Comment(0) | 日記